この記事では抽象代数のテキストに現れる「well-defined」という用語の意味や雰囲気について述べます。
well-definedとは「ある(勝手な)定義が、他の(よくある)定義と不整合を起こさないこと」というような意味合いですが、初学者にはその雰囲気が掴みづらいので、ここにメモしておきます。
well-definedの定義
well-definedというのは数学用語です。代数学のテキストでよく目にします。文字通り「うまく(well)定義されている(defined)」というような意味合いです。
雪江『代数学1 群論入門』p.10にはwell-definedという用語の定義について、次のように書かれています。
Aという数学的対象から,Bいう数学的対象を定義するとき,Aから複数定まるCという数学的対象を経由してBを定めるとする.このとき,Bの定義がCによらないことを示してはじめてBの定義が確定する.このようなときに,この定義はwell-definedであるというのである.
さらに、以下の2つがwell-definedであることの条件であると述べています。
(1)定義で使われる方法が実際にうまくいく.
(2)定義がもともとの対象から複数定まる対象を経由して行われる場合,結果がもともとの対象にのみ依存する.
数学は私たちが思っているよりずっと自由な学問です。ここでいう自由とは、自分が便利だと思う数学用語を勝手に定義して使ってもよい、という意味です。
ただし、他の(よく用いられる)定義と不整合を起こすような定義だと、他の人に受け入れてもらえないのであまり意味がありません。例えば「2を3つ掛けた数を2*3と書く」という定義は受け入れられにくいでしょう、普通2*3とは「2を3つ足した数」のことと認識されるからです。
また、その定義に曖昧さがあってもいけません。雪江『代数学1 群論入門』には指数関数と数列の極限を例にあげて、well-definedであるような極限の定義について解説しています。
簿記代数との関係
簿記代数では仕訳や試算表、勘定のTダイアグラムの集合といった「簿記概念の集合」を扱います。
特にTダイアグラムの集合について注目し、その2元について差が一致するような同値関係を定め、同値類の性質を調べたりします。
このTダイアグラムの同値類に加法を入れて群にしたいと考えるわけですが、そのさい、同値類の加法がwell-definedかどうかを確認する必要が出てきます。
実際、素朴な方法で加法を定義してやればwell-definedであることが示せます。この群には「パチョーリ群Paciolo group」という名前がついています。
パチョーリ群に関する代数的議論はこちらのテキストの3章をご覧ください。
参考文献
雪江『代数学1 群論入門』はwell-definedの定義の他にも、初心者が疑問に思いがちな基礎的な用語の使い方や定義を丁寧に解説しています。
数学ガールシリーズも数学用語の雰囲気を掴むのに役立ちます。
雪江『代数学1 群論入門』でも扱っている「指数法則はwell-defineddである」という話題は、こちらの巻の第9章「最も美しい数式」に載っています。
ある集合における同値類を考えたときに、同値類の和がwell-definedであることを確かめなくてはいけません。このことはこちらの巻の第8章「二つの孤独が生み出すもの」に載っています。
線型空間における次元、すなわち基底の個数は、基底が存在しその個数が不変であるという性質からwell-definedになっています。このことがこちらの巻の第6章「天空を支えるもの」に載っています。
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