「この業務はあの人にしか出来ない」「この業務の全体像を理解しているのは○○さんだけ」というような状態は、業務の属人化と呼ばれます。
業務の属人化は組織のリスクであるという考え方は私が見聞きする範囲では多く、属人化は避けるべきとの認識が多数派です。
しかし、業務の属人化は本当に避けるべきものなのでしょうか?
本記事では業務の属人化に関するメリットとデメリットについて考えます。
目次
考察の動機と「業務の属人化」の定義
前述の通り、業務の属人化はネガティブな意味合いで取り上げられることが多いように感じています。そうであるにも関わらず、業務が属人化しているケースに遭遇することは多々あります。
なぜこういったちぐはぐな状況になっているのでしょう。
一つの仮説は「業務の属人化にメリットがあるから」です。
そこで業務の属人化を次のように定義します。
【業務の属人化の定義】
ある組織の機能が組織内の一個人に依拠していること
この定義は「避けるべき」「悪い」といった価値判断を含まないニュートラル(中立的)な定義として考案しました。以下ではこの定義に基づき、業務の属人化のメリットとデメリットについて考えてみます。
個人のメリット・デメリット
業務の属人化の主体となる個人のメリット・デメリットとしては、以下のようなものが考えられます。
メリット1:習熟効果
業務が属人化していると、当該業務とその関連業務に関する経験が蓄積されます。したがって、非属人的で継続的でない業務に比べて、習熟度が上がりやすいと考えられます。業務理解も深まるでしょう。大企業において細分化された業務に担当を割り振ることと類似の効果が生じます。
メリット2:長期的なコミットメント
業務が属人化し、同じ業務を継続する状態が続くと、当該業務において工夫を積み重ねるインセンティブが高まります。次回の担当も自分、その次も自分、という状況は、「未来の自分のため、今頑張る」という選択をするための基礎となります。来年の自分を助ける気持ちで今業務に臨むことで、長期的に安定した業務遂行のプランを練ることが出来ます。
メリット3:調整コストの回避
ある業務を他の人が担当することがない、という状況は、他の人のこと考えなくて済むので楽、という側面があります。自分のやり方で業務を進められるだとか、合議のための組織内調整が不要であるという意味で、心理的コストが下がります。
メリット4:交渉材料
業務が属人化し「余人を以て代えがたい」場合、待遇交渉を有利に運ぶ材料になりえます。
デメリット1:仕事を代わってもらえない
業務が属人化している場合、自分の他に担当してくれる人がいません。したがって、他の業務経験を積みたいと思っても、属人化している業務を誰かに引き継ぐか廃止しない限り、希望は叶えづらくなります。
デメリット2:疑念を生む
業務が属人化している場合、他社はその業務に関する働きを正しく評価できない可能性があります。場合によっては「あいつは自分の仕事を守ろうとしている、楽をしているに違いない」というような疑念を生むかもしれません。
組織のメリット・デメリット
業務の属人化の環境である組織のメリット・デメリットとしては、以下のようなものが考えられます。
メリット1:習熟効果
担当者に経験が蓄積され効率化されます。組織としても、より短期間で品質を落とさず成果が上げてもらえうので、メリットがあります。
メリット2:有事対応
問題が起こったとき、担当者が明確でありよく習熟しているため、解決しやすい場合があります。担当者は当該業務にコミットメント感を持っていると考えられるため、責任感ある対応が期待できます。
メリット3:教育コストの回避
業務を何人もの職員が対応可能な状況にするためには、相応の教育コストがかかります。業務の属人化を許せばこういった教育コストを回避できるメリットがあります。
デメリット1:担当者の離職(とそれに伴う在籍職員の不満)
おそらく、業務が属人化する最も顕著なデメリットでしょう。その人が辞めたときのダメージが大きいということです。担当者が離職した場合、新任者をゼロから短期で教育し業務を覚えてもらう必要があります。
マニュアル等が整備されていれば引き継ぎは比較的容易ですが、そうでない場合には時間がかかります。担当者(辞める人)が丁寧に教えるインセンティブも大きくないことが通常だと思われますので、引き継ぎ後に従前の成果を再現するのが難しくなるケースもあるでしょう。
引き継ぐ側にはストレスがかかりますし、引き継ぎ不足でミスを犯すリスクを負うのも引き継ぐ側なので、組織に残るメンバーの不満の原因になります。
デメリット2:交渉材料
属人化した業務の担当者が、業務を盾に待遇交渉をする場合があります。辞めるのを引き止めようと思っても追加的な報酬を要求されるなど、辞めようとする人に交渉材料を与えることになります。個人にとっての属人化のメリットの裏返しであり、担当者に強い立場を与えてしまうことになります。
デメリット3:管理コスト
業務が属人化すると、当該業務が適正な効率で行われているか、というような視点から評価を行うのが難しくなり、管理コストが上がります。何をやってるかわからない、コストカットできる可能性があるのにできないかもしれない、という状況を生みかねません。そういった状況を改善するためには、通常コストがかかります。
デメリットに対する組織側の対応策
業務属人化のデメリットは、組織のリスク管理上重要なものという認識があります。上に述べたような組織側のデメリットを回避するために、日頃から属人化を防ぐ取り組みが必要になります。
具体的には、
- 一つの業務を複数の人がすぐに対応できる環境を整える
- 業務の共有を評価の対象にする
- 上席者が業務の属人度をモニタリングする
などの取り組みが考えられます。
ただし、これらの取り組みには相応のコストがかかることも忘れてはいけません。
まとめ
業務の属人化には、個人・組織の両方にメリットがあります。決して「業務の属人化はいかなる場合も排除すべき」というものではなく、ゼロかイチかの議論ではないというのを抑えておく必要があります。
費用対効果の観点から組織の成果を最大化させる「最適な属人度」というものを意識しつつ、それぞれの組織に応じて状況を見極めましょう。
業務の属人化に関する学術的な研究をご存じの方は、是非教えていただけると嬉しいです。勉強して記事にしたいと思います(管理人のTwitter)。