株式報酬の会計処理と現行処理への疑問点

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企業が経営者や従業員などに対して、自社の株式や新株予約権(ストック・オプション)を付与することがあります。企業は経営者等に「もっと頑張ってほしい」と考えこのような取引を行います。

このとき、付与した株式や新株予約権は報酬としての性格をもち、企業はそれに見合う費用を認識します。あたかも彼らに給料を支払ったかのような会計処理を行うわけです。

このような「株式報酬」の会計処理について、他の会計処理との整合性の観点から、ひとつの疑問点を提示します。

株式報酬の会計処理

企業が経営者や従業員(以下、経営者等)の労働の見返りとして、自社の株式や新株予約権(ストック・オプション)を無償付与することがあります。

このとき、企業はこの取引によって見込まれる「経営者等の追加的な努力」に対して、会計上の費用を認識します。また、自社の株式や新株予約権(以下、株式等)を発行することから、「純資産の部」の適当な勘定科目(資本金勘定や新株予約権勘定など)を増加させます。

企業は経営者等への報酬として株式等を付与しているので、このような報酬形態を「株式報酬」と呼ぶことにします。

費用認識という観点からすれば、経営者等に金銭で報酬を支払い「追加的な努力」を享受するという通常の報酬支払の取引と似ています。

ただし株式報酬は通常の報酬支払とは異なり、企業は金銭等の資産を引き渡すことはありません。自社の財産を減らすことなく、経営者等に報酬を与えているということです。

 

株式報酬はなぜうれしいのか

ここで、株式報酬がなぜ「報酬になっているのか」という点について考えてみましょう。

金銭を伴う報酬が発生する場合、経営者等はその働きに応じて企業から金銭等をもらえるので、「働いた甲斐があったな!」と満足できます。

株式報酬も同様に、働きに応じて株式等という財産をもらえるので、報酬としての価値があると認められるわけです。

さて、ここで考えてみたいのは、企業が報酬として提供する金銭等と株式等は、同列に扱ってよいのか?ということです。

 

株式の価値

そもそも株式というのは、企業の「わけまえ」を表す証明書のようなものです。

企業が保有する資産から返済義務のある負債を指し引いて残る正味の財産は、株式の保有者に分配されます(※話をかなり簡略化しています)。

この正味財産の価値を株主価値といいます。株主価値は株式の数だけ分割され、それぞれの株主に帰属します。

 

株主間取引の会計処理

企業会計においては、株主が誰であるか、株主たちがどんな取引を行ったかを問題にしません。企業は株主とは別個独立の人格を持っているからです。

従って、ある企業の株主Aが株主Bに著しく安い価額で株を譲渡しても、当該企業は会計処理を行いません。

株主Bは株を安く買えたので得をしたと言えますが、これは企業の会計処理には影響しないのが通常です。

数値例1

株主価値が100の企業が2株を発行していたとしましょう。株主はAとBの二人です。

株主価値100が2株に分割されているので、1株当たりの価値は50ということになります。

このとき、もし株主Aが株主Bに、この株を10で譲渡したとしましょう。

株主Bは2株を保有することとなり、したがって株主価値100を全部手中に収めます。

株主Aに支払った金銭等は10なのに、享受できる株主価値は50増えたわけですから、40だけ得をしています。

しかし、この取引は株主間取引ですから、株式を発行した企業は会計処理を行わないのが通常です。

 

株主間の富の移転

株主から株主に財産的価値が移ることを、株主間の富の移転とよびます。

前述の例で行われた株主Aから株主Bへの譲渡では、株主間の富の移転が起きています。株主間の富の移転では、企業は会計処理を要しません。

ところが、前述の「費用処理を要する」株式報酬は、実は株主間の富の移転と考えることができるのです。

数値例2

株主価値が100の企業が2株を発行していたとしましょう。株主はAとBの二人です。

株主価値100が2株に分割されているので、1株当たりの価値は50ということになります。

このとき、この会社が株主Bに株式報酬を支払い、追加で2株を無償付与したとしましょう。

この結果、株主Aは1株、株主Bは3株を保有することとなり、したがって1株に帰属する株主価値は50/株です。

株主Aに帰属する株主価値は1株分の50、株主Bに帰属する株主価値は3株分の150です。

ここで株主Aから株主Bに50だけ、富の移転が生じており、株主Bは得をしています。

 

株式報酬の会計処理に関する疑問

数値例2で起こったのは、株主間の富の移転であり、企業は会計処理を行わないのが通常です。

しかし今の会計基準では、このような取引について、企業は費用を認識するというルールになっています(実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い」)。

株主の「追加的な努力」の源泉になっているのは株主間の富の移転であり、株主間の富の移転は会計処理の対象外であるにもかかわらず、現行の制度では費用を認識するという会計処理になっているのです。

 

ストック・オプション会計基準の説明

企業会計基準第 8 号「ストック・オプション等に関する会計基準」37項では、株主間の富の移転と費用認識という不整合について、以下のように説明しています。

37. 費用認識に根拠がないとする指摘の背景として、現行の会計基準の枠組みにおいては、単に新旧株主間で富の移転が生じるだけの取引では費用認識を行っていないことが挙げられる。(中略)新旧株主間の富の移転を生ずる取引であっても、従業員等に対してストック・オプションを付与する取引のように、対価として利用されている取引(対価関係にあるサービスの受領・消費を費用として認識する。)と、自社の株式の時価未満での発行のように、発行価額の払込み以外に、対価関係にある給付の受入れを伴わない取引とは異なる種類の取引であり、この 2 つを会計上同様の取引として評価する本項冒頭に掲げた指摘は必ずしも成り立たないと考えられる。

つまり、株式報酬は株主間の富の移転であるけれども、企業のサービス受領・消費を目的としているならば(つまり「追加的な努力」を期待してのことならば)費用認識しなさいよ、ということでしょう。

 

考えられる類似の会計処理

企業が「追加的な努力」を期待しているならば、たとえ金銭等の引き渡しがなくとも、たとえ株主間の富の移転であっても、費用認識しなさい。基準はそのように読めます。

しかしそう考えると、こういう取引も費用認識の対象になるのではないでしょうか。

インフルエンサー・マーケティング目的の出資

企業が自社サービスの広告効果を期待して、インフルエンサーに株式を無償付与した場合を考えてみましょう。

企業は当該インフルエンサーによる「追加的な努力」を享受する意図があることから、株式報酬費用を認識すべきとも考えられます。

株主としてのインフルエンサーは、自身の株式価値を高めたいというインセンティブがありますから、企業からいちいちマーケティング報酬を得なくても、サービスを広めようとするかもしれません。

「追加的な努力」を期待してのことであれば費用処理せよ、という解釈に基づけば、このようなケースでも企業は費用処理を行うべきという結論になってしまうのではないでしょうか(こういった会計実務が一般的であるかは疑わしいです)。

友好的TOB

「追加的な努力」を期待している限り、株主間の取引でも費用認識が必要ということは、企業のTOBにすら費用認識の余地が出てきます。

たとえば、今の株主が経営者に反抗的であるようなケースにおいて、既存株主の保有する株式を別の株主が買い取るという状況を考えてみます。いわゆるTOBです。

このTOBについて、企業が「新株主のTOBを支持します」というような発信をし、それが企業の経営上の有利性や、新株主のネットワークによる他社とのコラボレーション機会への期待の表れであるとすれば、これはまさに企業のサービス受領が目的にある株主間取引なので、費用認識が必要ということになるのではないでしょうか。

 

このような例のほかにも、企業には財産的負担が生じないけれども、企業に対して何らかのベネフィットをもたらすような「取り組み」(敢えて取引とは言いません)がある場合、それらはすべて費用認識の対象になってしまうという不安定さがあるように思います。

 

参考文献等

株式報酬に関する会計処理は、以下で規定されています。

実務対応報告第41号「取締役の報酬等として株式を無償交付する取引に関する取扱い

企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準

株式報酬の制度設計に関する考え方や活用方法については、以下の書籍が参考になります。リストリクテッド・ストック(譲渡制限株式)を用いた報酬設計や、有償ストック・オプションの導入とその評価(モンテカルロ法)を解説した良書です。

 

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