この記事では,会計研究とシミュレーション研究の可能性について,その背景と関連文献を述べます。
会計にまつわる問題は複雑です。例えば,会計を一種の「情報源」と見る考え方に依拠した場合でも,会計という情報シグナルは極めて複雑な構成要素からなりますし,シグナルを受け取り利用する主体(エージェント)も多様です。
極めてシンプルな問題であれば数学的に解き,公式を意味づけするかのように解釈を行うことができますが,会計という現実社会と強くリンクした問題を扱う際には,問題をシンプルにしすぎるとかえって判断を誤りかねません。
クリステンセン,フェルサムの『会計情報の理論』では,会計を情報源として取り扱い,それをもとに意思決定に役立てるという考え方(情報内容パースペクティブ)を解説していますが,そこでもやはり会計の複雑性は何度も強調されています。
シンプルな構造の複雑な相互作用を分析する方法として,シミュレーションは有用です。何らかの意思決定ルールに基づき振る舞う主体はエージェントと呼ばれ,エージェントと環境の相互作用やエージェント間の相互作用は,コンピュータによるシミュレーションによってその法則性が可視化されます。例えば,金融市場における投資家の行動が市場全体に同影響するか,といった疑問にシミュレーションは方針を与えてくれます。
会計研究においてもシミュレーション研究は行われています。例えば,近藤,西居(2020)では,業績評価の問題とシミュレーションを組み合わせ,エージェント(マネジャー,被評価者)の意思決定を考察しています。
近藤 隆史,西居 豪,「業績評価指標のインフォーマティブネスと管理可能性―エージェントの努力配分の動的過程のシミュレーション―」,『管理会計学』2020 年 28 巻 1 号 p. 55-70[リンク]
シミュレーション研究は複雑な状況に対して示唆が得られる強力な手法ですが,課題もあります。例えば,複雑な状況をシミュレーションの条件にする際に,その複雑な状況をモデル化する際の根拠を示すのが難しい場合があります。