確率論のアナロジーとしての会計学と、それらの重要な差異

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こんにちは、毛糸です。

先日このブログで取り上げた「複式簿記の代数的構造」について、SNSでちょっとした反響がありました。
>>【君の知らない複式簿記3】複式簿記の代数的構造「群」


複式簿記(における試算表や仕訳)は「群」としての性質を備えています。

複式簿記のある種の「美しさ」も、こうした数学的構造に由来しているのかも知れません。

本記事では複式簿記を含む会計学という学問が、数学的にどういった考察の対象となるのか、私見を交えて説明します。

とくに、会計学は確率論のアナロジーとして説明できることを強調したいと思います。

会計は写像である

会計は写像である、というフレーズがあります。

写像とは数学用語で、ある集合の要素を、別の集合の要素に紐付ける「対抗関係」のことです。

ある数字を与えると別の数字が返ってくるような「関数」をイメージすると良いでしょう。

「会計は写像である」といった場合には、「会計」という「写像」が、どの集合の要素をどの集合の要素へ対応付けるものなのかを明確にしなければなりません。

会計学でもっとも有名な教科書の一つ『財務会計講義』には、

会計はこのような経済活動を所定のルールに従って測定し、その結果を報告書にとりまとめる。したがってその報告書は、経済活動という実像を計数的に描写した写像である。

と述べられています。

この定義を噛み砕き、本記事では次のように「写像としての会計」を定義してみます。

企業の経済活動を、複式簿記という計算技術によって、仕訳や試算表に対応付けること

つまり会計という写像は、経済活動の集合から、仕訳や試算表(以下、仕訳等)への写像である、ということです。
経済活動の集合というのはとても抽象的で、数学的な考察対象にはなりえないような気もしますが、実はこういった抽象的な集合は、確率論における「標本空間」として数学の俎上に上がります。
確率論では「雨が降る」とか「コイン投げで表が出る」といった「事象」が、確率という可能性の尺度をもってランダムに発生するような状況を考えます(もっとも、確率が可能性の尺度というのは方便です)。
これと同じように、会計学においても、経済活動という事象に似た概念を抽象的に扱うことは可能です。

会計学と確率論の類似性

会計学が表現の対象とする「経済活動」が、確率論の「標本空間」ないし「事象」と対応していると考えるなら、会計という「写像」は、確率論の何に対応しているのでしょうか。
それは、確率変数です。
確率論では、ある事象に対して、数を対応させる規則のことを、確率変数といいます。
コイン投げで「表」が出たら「1」円、「裏」が出たら「0」円、というような、「事象」に「数」を対応付けるルールは、事象から数への写像であり、これが確率変数です。
変数といっているのに写像(関数)なのは、最初は戸惑うかも知れませんね。

さて、会計学においては「現金1000で消耗品を買った」というような経済活動に対して

(借)消耗品費1000 / (貸)現金1000

という仕訳を対応付けます。
仕訳も、勘定と数字がセットになった「数(のようなもの)」と考えれば、会計学という写像は「経済活動」という「事象」を「仕訳」という「数(のようなもの)」に対応付けているという意味で、確率変数にほかなりません。
つまり、会計学における標本空間(もしくは事象)と確率変数は、会計学における経済活動と会計(という写像)に対応しているということです。

会計学と確率論の大きな差異

会計を写像と捉えるとき、会計学は確率論のアナロジーとして組み立てられることがわかりました。
そうであるなら、会計学は確率論の一分野として発展していけるのでしょうか?
実は、会計学には会計学の本質的な問題があるのです。
それが「会計という写像をどう決めるか」という問題です。
確率論では通常「確率変数をどう設定するか」という問題をあまり大々的には取り上げません。
つまり、コイン投げの表と裏に何点を割り振るか(表が1点裏が0点なのか、表が100点裏が−100点なのか)という問題を気にすることは多くありません。
しかし会計学においては「ある経済活動について、どんな会計ルールを決めるべきか」は極めて重要な問題です。
会計は社会的に合意された(一般に公正妥当と認められた)ものであることが求められ、現代においては投資者の意思決定に有用な情報を提供するものであることが求められています。
つまり、確率論ではあまり論点にならない「確率変数の定義の妥当性」というものを、会計学では主たる関心事として扱うということです。
これが確率論と会計学の大きな差異です。
確率変数の性質は確率論でしっかり研究されているので、会計学でもその知見を大いに活用することが出来ますが、会計学特有の「確率変数(写像としての会計)をどう決めるか」という問題は、会計学という学問の枠組みの中で向き合わなければなりません。

まとめ

本記事では確率論と会計学の概念的な類似性について述べました。
会計を写像として捉えるとき、写像としての会計は、確率変数の類似物です。
しかし、会計学を確率論に包含できるかというとそんなことはなく、「会計の妥当性」という問題は、確率論ではあまり重視されないものであり、会計学の枠組みのなかで取り組む必要があります。

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