会計と保険数理のとある類似|「サープラス」について

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こんにちは、毛糸です。

最近、企業は配当をどのように決定しているのか?という疑問をよく考えます。

その疑問に答えるべく、経済学的なモデルを使って分析を行っているのですが、その中で会計と保険数理の共通点に気づきました。

会計と保険は「サープラス」というキーワードを、全く同じ概念として共有しています。

本記事では配当(dividend)をいくら支払うかという問題を、企業会計と保険数理の面から考えたときに現れる「サープラス」という共通点についてまとめます。

会計学におけるクリーンサープラス関係

企業(株式会社)の会計ルールにおいて、配当は純資産を分配する性格をもちます(実態としては現預金の支払いです)。

第\( t\)期の純資産額を\( B_t\)と表すことにすると、\( B_t\)は前期の純資産額\( B_{t-1}\)にその期の利益\( e_t\)を加え、そこからその期の配当\( d_t\)を支払ったのこりが\( B_t\)になるという関係が考えられます。

\begin{equation} \begin{split}
B_t=B_{t-1}+e_t-d_t
\end{split} \end{equation}

この関係をクリーンサープラス関係(Clean Surplus Relation)と言います。

サープラスとは「余剰」を意味し、会計学では資産から負債を引いた余剰、つまり純資産の変動が、利益と配当以外で「汚されていない(クリーンな)」状態を表しています。

日本の会計基準には、一部利益を介さず直接純資産を増減させる取引(その他有価証券評価差額金など)がありますので、クリーンサープラス関係は成り立っていませんが、会計数値と配当というキャッシュフローを結びつける関係式として重要です。

保険数理におけるサープラス過程

保険数理においては、保険会社の保険料収入から保険金の支払いを引いた残りをサープラスやリザーブと呼びます。
時点\( t\)におけるサープラス\( r_t\)は、取引開始時点のサープラス\( r_0\)に、それまでの累積保険料収入\( p(t)\)を加え、累積保険金支払い額\( U(t)\)を引いた額として決まります。
\begin{equation} \begin{split}
r_t=r_0+p(t)-U(t)
\end{split} \end{equation}

保険契約においては保険料収入のうち保険金支払いに充てられなかった超過分を配当として支払うものもあります。

この場合、サープラス\( r_t\)の一期前からの変化は、配当を\( d_t\)とすると

\begin{equation} \begin{split}
r_t=r_{t-1}+\Delta p(t)-\Delta U(t)-d_t
\end{split} \end{equation}

と表されます。\( \Delta p(t)\)と\( \Delta U(t)\)はそれぞれ、累積保険料と累積保険金支払い額の差分です。

このようにして決まるサープラスの列\( \left\{ r_t\right\}\)は、サープラス過程と呼ばれ、配当決定や倒産確率の計算に用いられます。

2つの「サープラス」の共通点

会計におけるクリーンサープラス関係

\begin{equation} \begin{split}
B_t=B_{t-1}+e_t-d_t
\end{split} \end{equation}
と、保険数理におけるサープラス過程の変動
\begin{equation} \begin{split}
r_t=r_{t-1}+\Delta p(t)-\Delta U(t)-d_t
\end{split} \end{equation}
は、その構造が極めて類似しています。

クリーンサープラス関係における利益\( e_t\)を、収益\( R_t\)と費用\( C_t\)とに分解して

\begin{equation} \begin{split}
B_t=B_{t-1}+R_t-C_t-d_t
\end{split} \end{equation}
と表現すれば、さらに対応関係がはっきりするでしょう。

「余剰の分配」という意味では、企業会計における配当も、保険契約における配当も、全く同じということがわかります。

これまでの・今後の研究

保険契約における配当をいかに決定するかという問題は比較的古くから、保険数理の問題として研究されており、クラメル・ルンドベルイモデルなどが有名です。

一方、企業会計における最適な配当に関する研究はそれほど進んでいないようです(MMの配当無関連性命題という古典的な結果はあります)。

いずれの問題も、最近は経済学の枠組みのなかで統一的に議論されており、確率制御問題の応用としての期待効用最大化問題の解として、最適配当が決定されます。

本ブログの記事「保険数理と金融工学の融合について」では、保険とファイナンスの接近についてまとめていますので、興味のある方は合わせて参照してみてください。

保険数理におけるサープラス過程と最適配当に関しては、Taskar2000 “Optimal risk and dividend distribution control models for an insurance company“に詳しく論じられています。

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