この記事では、複式簿記の重要な要素としての仕訳と試算表について、その主従関係について考えてみたいと思います。
私たちが簿記の勉強をするときの手順として
- 期中に行われた取引を仕訳する
- 仕訳を勘定ごとにまとめて試算表を作る
というプロセスを経ます。つまり仕訳が主、試算表が従の関係です。
しかし、複式簿記の代数構造という観点からは、これが唯一の考え方ではなさそうなのです。
簿記の勉強の流れ:仕訳が主
簿記検定などの参考書を開くと、会計報告の基本的な流れとして、期中に仕訳を行い、期末にそれを集計することで試算表が作成されます。試算表は適当に分割することで損益計算書と貸借対照表(と場合によってはキャッシュ・フロー計算書)を作成できます。
取引に対して仕訳をし、仕訳の積み重ねが試算表となるという関係は、仕訳が主・試算表が従の関係にあると言えます。
さらに言えば、期首の試算表がまずあって、そこに期中の仕訳を加味することで、期末の試算表が得られるという関係になっています。つまり
期首試算表 + 期中仕訳(主)= 期末試算表(従)
という関係です。期末試算表は期中仕訳を加味して初めて得られるという意味で従属的な意味を持っています。右辺が原因、左辺が結果、と理解してもいいでしょう。
試算表を主とする考え方
ある時点での試算表は、その企業のその時点での状態を表すと言えます。なぜなら試算表のBS科目にはその時点の企業の資産・負債・純資産の金額が記載されていますし、期首から起算した損益の金額も載っているからです。
ここで2つの時点の試算表を持っているとしましょう。2つの試算表の差は、2時点間の企業の状態の変化を表していることになります。
2時点間の試算表の差というのは、その期間内の仕訳をすべて集計したものともいえます。その期間に起こった(=企業の状態を変化させた)取引にかかる仕訳を集計したものです。
このように考えると、期首の試算表を固定したとき、期中の任意の時点での試算表が得られれば、その期間内の仕訳の集計値は差額として求まるということです。つまり試算表が主・仕訳が従という関係です。この関係は数式で
期中仕訳(従)= 期末試算表(主)- 期首試算表
と表せます。
仕訳が先か、試算表が先か
期首の試算表が与えられたとき
- 仕訳が主:期中の仕訳が与えられれば、期末の試算表が決まる
- 試算表が主:期末の試算表が与えられれば、期中の仕訳が決まる
という、どちらの考え方にも説明が付きます。これらの違いは、
- 試算表と仕訳の和が試算表:期首試算表 + 期中仕訳(主)= 期末試算表(従)
- 試算表の差が仕訳:期末試算表(主)- 期首試算表 = 期中仕訳(従)
という、関係式の表し方の違いです。期首試算表を移項し解釈しなおせば互いに行き来できます。つまり両者は表裏一体、コインの裏表のようなものなのです。
この性質は、仕訳と試算表という複式簿記の「オブジェクト」が足し引きでき、等式において移項ができるということに由来しています。
「オブジェクト」が足し引きできるというのは代数的性質です。足し算引き算ができる代数構造としては群が有名で、複式簿記は群の性質を持ちます。
複式簿記が群であるがゆえに、複式簿記の「オブジェクト」である仕訳や試算表は足し算引き算ができて、期首と期末の試算表ならびに仕訳の関係式に2通りの解釈ができるということです。
まとめ
仕訳が先か、試算表が先か、という問いかけに対しては、どちらにも説明がつきます。両者の違いは期首と期末の試算表ならびに仕訳の関係式をどう解釈するか、という違いなので、少なくとも数学的な立場からはどちらが絶対的に正しいという類の議論ではないです。
むしろ、試算表と仕訳の関係式に複数の側面があるということを認めてることで、会計情報を読み取る際の視野が広まるのではないでしょうか。
参考記事
この記事で触れた複式簿記の代数構造、特に群としての性質については、こちらの記事をご覧ください。
試算表からキャッシュ・フロー計算書が作れるという話に触れました。これについれは以下の記事をご覧ください。
【君の知らない複式簿記 補遺】誘導法によるキャッシュ・フロー計算書とバランス・ベクトル