人的資源の会計処理について

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2021年6月現在,主要な会計基準において人的資源を企業の貸借対照表に計上する(オンバランスする)会計処理は認められていません。

しかし,人材は企業の営業活動と成長に不可欠な経営資源であるため,これを会計情報として開示しないことにはひっかかりを覚えます。

この記事では人的資源の会計処理について,どういう可能性があるか考察します。

人的資源(人的資産)の定義

人的資源とはなんでしょうか。

経済学やファイナンス論において,人的資源(人的資産,人的資本とも)には明確な定義があります。

それは,ある個人が生涯に渡って稼ぎ出す労働所得(キャッシュ・フロー)の割引現在価値のことです。

投資理論においては,人的資源が存在する場合,労働所得と資産運用の相関によって,個人が選択すべきポートフォリオが変わることが知られています。詳細は以下のテキストを参照してください。

この記事で考察するのは,企業が雇う労働者の人的資源に関する会計処理です。

雇用する労働者の人的資源の価値は,その労働者が雇用中に獲得し,企業に帰属するであろうキャッシュ・フローの現在価値と定義するのが整合的です。

人的資源の会計処理:資産と負債の両建て計上

人的資源は現行会計基準においては貸借対照表(BS)に計上されません。しかし,BS計上される可能性はあるのではないかと考えています。

なぜその可能性があるのかはひとまずおいておき,人的資源をどう会計処理できそうか考えてみましょう。

人的資源は労働者の労働サービスによって稼得する潜在的な経済的資源ですから,資産の要件を満たす可能性があります。

一方,人的資源を確保(雇用を継続)するためには将来に渡って報酬(給与)を支払う義務が発生します。

企業はこの負債を負う代わりに人的資源を得るわけですから,以下のような仕訳が考えられます。

借方 人的資産/貸方 未認識給与債務

また,報酬の支払い時には

借方 未認識給与債務/貸方 現預金

という仕訳によって負債の消滅を認識します。同時に

借方 人的資産償却(支払給与)/貸方 人的資産

と会計処理を行うことで,従来の仕訳

借方 支払給与/貸方 現預金

とPLインパクトは変わらずに人的資源をオンバランスできます。

 

リース会計の使用権モデルとの類似性

このような人的資源の会計処理は,リースの新会計基準における使用権モデルとの類似性が認められます。使用権モデルでは,資産の使用権の移転があれば,使用権を資産計上すると同時に,支払いの現在価値を負債計上します。

人的資源(労働力)も同じく,企業と従業員の労働契約によって,企業は人的資源を使用する権利を得,給与の支払い義務を追うので,資産負債の両建処理すべきと考えられるのです。。

リースの使用権モデルを経済学的に考えると,企業は支払いリース料の現在価値を超える価値をリース使用権に見出しているわけです。仮に(主観的)時価評価額でリース使用権をオンバランスするなら,リース使用権とリース負債の差額として正の(自己創設)のれんが計上されるはずですが,こうした処理は認められていません。

同様に,人的資源を使用権モデルの類推でオンバランスすると,負債には将来給与の現在価値が計上され,同額を人的資産に計上することになろうと思われます。

論点

人的資源の減損

昨今,仕事をしない年配社員の存在を耳にする機会が増えたように思います。

給与が高水準の年配社員で将来の企業収益の獲得に貢献できない人材は,オンバランスした人的資源分のキャッシュフローを獲得できないので,減損の対象になると考えるのが自然です。

あまり考えたくない未来ですが,こうした会計処理が実現すれば,人員整理が進み,生産性が上がるというシナリオも考えられなくはありません。

支配

人的資源の会計処理に当たり大きな論点となるのが,人的資源に対する「支配」です。

人的資源は支配要件を満たすか微妙なので,資産の定義を満たさずオンバランスできないという考えはうなずけます。

しかし,この点については,適当なインセンティブ設計のもと,企業の意に沿うような行動を強いる内部統制(人事制度)があれば,解決できるのではと考えられます。

参考文献

秋葉先生の『報酬にみる会計問題』(日本公認会計士協会出版局)の帯には「人的資源のオンバランス化」なる文言が見えます。

この記事で取り上げたような人的資源の考察において,参考になるでしょう。


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