固有値、固有ベクトル、固有空間【簿記数学の基礎知識】

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この記事では、固有値、固有ベクトル、固有空間の定義を与え、異なる固有値に対する固有ベクトルが一次独立であることを示しています。

固有ベクトルは複式簿記の行列表現と関係しているので、そのことについても簡単に解説します。

固有値と固有ベクトルの定義

複素\(n\)次元ベクトル空間\(V^n\)の元\(x\neq 0\)をとり、一次変換(≒行列)\(A\)によって\(x\)の方向が変わらないような場合を考えます。つまりある複素数\(\alpha\)

\begin{equation} \begin{split}
Ax=\alpha x
\end{split} \end{equation}

が成り立つとします。

このとき、\(\alpha \)を\(A\)の固有値といいます。また、\(x\)を固有値\(\alpha \)に対する\(A\)の固有ベクトルといいます。

固有空間の定義

\(x_1,x_2\)がどちらも固有値\(\alpha \)に対する固有ベクトルならば、\(x_1+x_2,cx_1\)なども同じ固有値に対する固有ベクトルになります。実際、

\begin{equation} \begin{split}
A(x_1+x_2)&=Ax_1+Ax_2\\
&\alpha x_1+\alpha x_2\\
&=\alpha(x_1+x_2)
\end{split} \end{equation}
と計算できるので\(x_1+x_2\)は固有値\(\alpha\)に対する固有ベクトルになっていますし、

\begin{equation} \begin{split}
A(cx_1)&=cAx_1\\
&=c(\alpha x_1)\\
&=\alpha(cx_1)\\
\end{split} \end{equation}
と計算できるので\(cx_1\)も固有値\(\alpha\)に対する固有ベクトルになっています。

また、\(0\)も固有値\(\alpha\)に対する固有ベクトルの定義を満たします。

以上のことから、固有値\(\alpha \)に対する固有ベクトル全体は、\(V^n\)の部分空間となっていることがわかります。これを固有値\(\alpha \)に対する(狭義の)固有空間と言います。

固有多項式と固有方程式

さて、\(E\)を\(n\)次元単位行列とすると、

\begin{equation} \begin{split}
&Ax=\alpha x=\alpha E x\\
\Leftrightarrow &\left(A-\alpha E\right)x=0
\end{split} \end{equation}

が成り立ちます。これは\(x\)に関する一次方程式を表しており、零ベクトルでない解をもつための必要十分条件は

\begin{equation} \begin{split}
|A-\alpha E|=0
\end{split} \end{equation}

が成り立つことです(参考文献1より)。

変数\(z\)を使って\(f_A(z)=|zE-A|\)という関数を考えたとき、\(\alpha \)が\(A\)の固有値であるということは、\(\alpha \)が\(f_A(z)=0\)の解であることと同値です。

\(f_A(z)\)を\(A\)の固有多項式といいます。定義から、\(f_A(z)\)は\( z\)の\(n\)次多項式になっています。

\( z\)に関する方程式\(f_A(z)=0\)を\(A\)の固有方程式といいます。

代数学の基本定理より、固有方程式は重複度まで入れて\(n\)個の(複素数)解をもちます。

 

異なる固有値に対する固有ベクトルの一次独立性

\(A\)の異なる固有値に対する固有ベクトルは一次独立です。これは次のようにして示せます。

\(A\)の異なる固有値を\(\alpha_1,\cdots,\alpha_m\)とします。\(m\leq n\)です、重複しているものも並べれば固有値は\(\alpha_1,\cdots,\alpha_n\)ですが、このうち\(n-m\)個が重複しているとします。

それぞれの固有値に対する固有ベクトルを\(y_1,\cdots,y_m\)とします。つまり\(i=1,\cdots,m\)に対して

\begin{equation} \begin{split}
Ay_i=\alpha_i y_i
\end{split} \end{equation}
が成り立っているとします。

いま、\(y_1,\cdots,y_m\)のうち、最初の\(k\)個\(y_1,\cdots,y_k(1\leq k <m\)は一次独立で、残りの\(y_{k+1},\cdots,y_m\)は一次従属であるとします。つまり\(y_1,\cdots,y_m\)が一次従属であると仮定します。このとき適当な複素数係数をとって

\begin{equation} \begin{split}
y_{k+1}=c_1y_1+\cdots+c_ky_k
\end{split} \end{equation}

と表せます。この式の両辺に一次変換\(A\)をほどこすと、\(Ay_i=\alpha_i y_i\)より

\begin{equation} \begin{split}
\alpha_{k+1} y_{k+1}&=c_1\alpha_k y_1+\cdots+c_k\alpha_ky_k
\end{split} \end{equation}
が成り立ちます。

一方、\(y_{k+1}=c_1y_1+\cdots+c_ky_k\)に複素数\(\alpha_{k+1}\)を乗じると

\begin{equation} \begin{split}
\alpha_{k+1}y_{k+1}=c_1\alpha_{k+1}y_1+\cdots+c_k\alpha_{k+1}y_k
\end{split} \end{equation}
が成り立ちます。

右辺の各\(y_i\)の係数を比較すると\(c_i\alpha_i=c_i\alpha_{k+1}\)となりますが、\(c_i\neq 0\)となるものは一つ以上存在するため、それで両辺を割ることによって\(\alpha_i=\alpha_{k+1}\)が成り立ちます。

しかし、\(A\)の固有値\(\alpha_1,\cdots,\alpha_m\)は相異なると仮定したため、これは矛盾です。

従って、\(y_1,\cdots,y_m\)が一次従属である仮定が誤りだったとわかり、\(y_1,\cdots,y_m\)が一次独立であることがいえました。

簿記数学としての応用例

固有値の考え方は、簿記を線形代数の言葉で表現する際に用いられます。

財務諸表を表すベクトル\(x\)を、取引の「タイプ」を表す行列\(A\)と取引金額を表すベクトル\(y\)によって

\begin{equation} \begin{split}
x=Ay
\end{split} \end{equation}

と表し、線形代数的操作によって\(x\)から\(y\)を推定するという研究があります。つまり「財務諸表から取引を推測する」という問題を、線形代数的に考えるということです。

このとき\(A\)が正則ならば、逆行列\(A^{-1}\)が存在するので、\(y=A^{-1}x\)と簡単に求まります。しかし多くの場合\(A\)は正則ではないのでこのような操作は行えません。

そこで別の方法を試すのですが、その際に方程式\(Ay=0\)の解を見つけることが、\(x=Ay\)の解を見つける手助けになります。

この\(Ay=0\)という式は

\begin{equation} \begin{split}
Ay=0y
\end{split} \end{equation}
と解釈できますので、\(A\)の固有値\(0\)に対応する固有ベクトル\(y\)を見つけるという問題とみなせます。

実はこの\(A\)は有向グラフとして表現でき、有向グラフの「つながり具合」と固有値にも深い関係があるのですが、その話は参考文献の2つ目をご覧ください。

参考文献

この記事の内容は以下の書籍を参考にしました。線形代数の基本的内容を扱った、大変有名なテキストです。

グラフの理論と行列・固有値の関係については、以下の書籍で興味深い内容を扱っています。グラフを行列として表し、そのうえで拡散方程式や波動方程式を考えることで、ネットワークのダイナミクスを記述するというロマンあふれる内容です。

複式簿記との関連性については、こちらの記事を参照してください。

【君の知らない複式簿記6】矢印簿記で仕訳をビジュアライズ

 

財務諸表ベクトルから取引ベクトルを考察するという論文はArya et al.(2000)”Inferring Transactions from Financial Statements” が元ネタです。。雑誌『企業会計』2021年1月号から連載中の「会計,数理科学と出会う」(椎葉)でも、この論文をもとにしたわかりやすい解説が行われていますので、是非チェックしてみてください。

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