この記事では環上の加群の定義を紹介します。
環上の加群は複式簿記の代数構造を表す最も基本的な概念です。
この記事では以下の書籍を参考にしています。
環上の加群の定義
環上の加群とは、あらっぽくいえば、スカラー倍を上手く扱えるような可換群(アーベル群)のことです。可換群なので、足し算引き算を行うことが出来ます。ただ、環上の加群は環ではないので、掛け算はできません。しかしスカラー倍を行うことが出来ます。
環上の加群の定義を確認しましょう。\( A\)を環とします。
可換群(アーベル群)\(\left( M,+\right) \)と、写像\( A\times M\ni (a,x)\mapsto a\cdot x\in M\)の組が、以下の4条件を満たすとき、\( M\)を左\( A\)加群といいます。以下、\(a,b\in A ,x,x_1,x_2\in M\)を任意の元とします。
- \( a\cdot(b\cdot x)=(a\cdot b)\cdot x\)
- \((a+b)\cdot x=a\cdot x+b\cdot x\)
- \( a\cdot(x_1+x_2)=a\cdot x_1+a\cdot x_2\)
- \(1\cdot x=x\)
可換群\( M\)の元に対して、左から\( A\)の元を掛けることが許されているので、左\( A\)加群と名付けられています。
\( M\)が左\( A\)加群であるとき、写像\( A\times M\to M\)を作用といいます。作用という言葉を使うと、\( M\)が左\( A\)加群であるとは、可換群\( ( M,+)\)と作用\( A\times M\to M\)の組で、条件1~4を満たすもの、と言い換えられます。
上記4条件を、右から掛けるという条件に変えると、右\( A\)加群が定義できます。つまり
- \( (x \cdot a)\cdot b=x\cdot (a\cdot b)\)
- \(x\cdot(a+b)=x\cdot a+x\cdot b\)
- \( (x_1+x_2)\cdot a=x_1\cdot a+x_2\cdot a\)
- \(x\cdot 1=x\)
を満たす可換群\( M\)を右\( A\)加群といいます。
適当な環\(A \)が存在して、左(右)\( A\)加群\( M\)を考察するという設定において、この\( M\)をイメージして「環上の加群」という言葉を使います。\( M\)は環上の加群である、という言い方はしません。
環上の加群の例
ベクトル空間
\( A\)が体であるときの\( A\)加群を、ベクトル空間といいます。
したがって、環上の加群はベクトル空間の一般化であるといえます。
行列
環\( A\)の元を成分に持つ\( n\times m\)行列の集合\( M_{n,m}(A)\)は、\( A\)の元によるスカラー倍が定義できます。このスカラー倍を作用として、\( M_{n,m}(A)\)は左・右\( A\)加群になります。
可換群(アーベル群)
\( M\)を任意の可換群とします。\( M\)の元\( x\)を\( n\)個足した\( x+\cdots+x\)を\(n\cdot x \)と表します。\( n<0\)のときは、\( n\cdot x=-((-n)x)\)と定義します。
このとき\( M\)は\( \mathbb{Z}\)加群になります。
つまり、任意の可換群(アーベル群)は\( \mathbb{Z}\)加群であるといえます。この事実から、環上の加群は可換群の一般化であるといえます。
イデアル
\( A\)を環、\( I\subset A\)を左イデアルとします。
このとき、\( I\)は左\( A\)加群になります。
したがって、環上の加群はイデアルの一般化であるといえます。
複式簿記への応用
環上の加群は複式簿記の代数構造そのものであるといっても過言ではありません。
複式簿記における仕訳や試算表といったオブジェクトの集合は、環上の加群の構造を持っています。特に、「貸借が一致する」という性質を付加した加群は、バランス加群と呼ばれています。
バランス加群は複式簿記の基本構造といえます。
参考文献
本記事の内容は以下の書籍を参考にしました。環と環上の加群の定義を丁寧に追うことが出来ます。この記事では触れられなかった環上の加群がもつ重要な性質についても解説されています。
もう少し基礎的な内容を扱っているのは以下のテキストです。群や環の定義、集合と写像などの基本事項を、前提知識なしで勉強することができる、初心者向けの良書です。
このブログで不定期連載中の【君の知らない複式簿記】では、簿記の代数構造に関する研究結果を紹介しています。
【君の知らない複式簿記】シリーズはこちらからどうぞ。
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