この記事では複式簿記において成り立つ4つの会計等式について解説します。
シェアーが提示した試算表等式を数学的な等式として提示し、そこから資本等式・損益等式・貸借対照表等式がどう導かれるかを解説します。
本記事の内容は以下の書籍 上野(2019) を参考にしています。
用語の定義:財産と資本、その内訳
まず本記事で用いる用語の定義を行います。
19世紀の会計学者シェアーは、複式簿記の勘定科目は大きく分けて2種類あると考えました。ひとつは「財産」勘定、もうひとつは「資本」勘定です。
「財産」勘定は積極財産と消極財産からなります。積極財産とは資産のこと、消極財産とは負債のことです。財産とは積極財産(正の財産)から消極財産(負の財産)を控除したものであり、純財産とよんだほうがピンとくるかもしれません。
「資本」勘定は純財産としての元手(もとで)とその増減から構成されます。純財産の増減とは損益のことであり、損益を除く株主資本全体が狭義の資本です(現代ではこれ以外の純資産項目もありますが、本記事ではそれも狭義の資本に含めます)。
以上を踏まえると、複式簿記における「財産」「資本」の内訳は、以下の5つの要素から構成されているといえます。
- \( A\):資産(積極財産)
- \( P\):負債(消極財産)
- \( K\):純資産(資本、除く増減分)
- \( V\):費用(資本増分)
- \( G\):収益(資本減分)
以下ではこれらを用いて、複式簿記において成り立つ4つの等式をみていきます。
試算表等式
試算表等式は、他の3つの試算表を導くための基本となる等式であり、借方科目の合計は貸方科目の合計に等しいという主張です。
\( A,P,K,V,G\)に関する以下の等式を試算表等式といいます。
A+V=P+K+G
\end{split} \end{equation}
この等式はシェアーが「貸借対照表等式」と呼んだものですが、現代の言い方では試算表等式として理解されています。
この等式は残高試算表の借方合計と貸方合計が一致するという性質を数式で表現したものです。つまり、以下のような試算表において成り立つ貸借対照の原理を数式で表したものと言えます。
資産 & A & 負債 & P\\
& & 純資産 & K\\
費用 & V & 収益 & G\\
\end{array}\]
簿記代数の基礎概念であるバランスベクトルは、試算表等式を含む概念です。バランスベクトルから試算表等式を作ることが出来ます。
この記事では\( K\)を、資本全体のうち増減分\( V,G\)を除く部分と定義しましたが、仮に\( K\)に増減分を含めるなら、資本増減に関しても純増減に対応する項目(つまり当期純損益)を含める必要があります。
資本等式
資産(積極財産)と負債(消極財産)の差額は、資本に等しいという等式を、資本等式といいます。
A-P=K+G-V
\end{split} \end{equation}
資本等式は、左辺に「財産」勘定が、右辺に「資本」勘定がまとまっており、「財産=資本」という関係式を表しています。左辺は資産(積極財産)と負債(消極財産)の差額(純財産)であり、右辺は当期に増減した部分を含む資本を意味します。
資本等式は、数学的には試算表等式\( A+V=P+K+G\)において費用\(V \)と負債\( P\)を移項したものです。
損益等式
純財産から資本を差し引いたものは資本の増減に等しい、という等式を、損益等式といいます。
A-P-K=G-V
\end{split} \end{equation}
左辺をBS科目の合計、右辺をPL科目の合計と解釈することも出来ます。
ある会計期間の期首(添字\( \mathrm{ini}\)で表す)においてはPL科目の金額は0なので、損益等式は\( A_{\mathrm{ini}}-P_{\mathrm{ini}}-K_{\mathrm{ini}}=0\)と表せます。期末(添字\( \mathrm{end}\)で表す)には\( A_{\mathrm{end}}-P_{\mathrm{end}}-K_{\mathrm{end}}=G-V\)という損益等式が成り立ちます。
期首と期末の差分を\( \Delta\)という記号を用いて書くと、上記2つの損益等式の差から
\Delta A-\Delta P-\Delta K=G-V
\end{split} \end{equation}
\Delta \mathrm{BS}=\mathrm{PL} \end{split} \end{equation}
貸借対照表等式
資本増減\( G-V\)を資本\( K\)に繰り入れた\( K+G-V\)を、新たに資本\( K^*\)と定義し直します。このとき、資産(積極財産)\( A\)は負債(消極財産)\( P\)と純資産(資本)\( K^*\)の和に等しくなります。これを貸借対照表等式といいます。
A=P+K^*
\end{split} \end{equation}
この等式は貸借対照表において「資産=負債+純資産」という等式が成り立つことをいっています。
資産 & A & 負債 & P\\
& & 純資産 & K^*
\end{array}\]
\( K\)に資本増減分を含めている場合には、「資本増減\( G-V\)を資本\( K\)に繰り入れた\( K+G-V\)を、新たに資本\( K^*\)と定義し直す」という条件なしで、貸借対照表等式\( A=P+K\)が成り立ちます。
まとめ
本記事では、複式簿記において成り立つ4つの基本的な会計等式、すなわち
- 試算表等式
- 資本等式
- 損益等式
- 貸借対照表等式
について説明しました。いずれも複式簿記において成り立つ重要な性質であり、各等式から発展的な命題を得ることもできます。
試算表等式は会計等式の出発点としてシェアーが提示したそうです。複式簿記の基礎固めとして偉大な貢献だと感じます。
参考文献
本記事は以下の書籍の第1章「シェアーの物的二勘定学説」を参考にしました。
こちらの書籍は、600余年の歴史をもつ複式簿記の理論学説の中から、歴史的に特に重要なものを解説しています。いわゆる学術書ですが、興味がある方はきっと楽しめるでしょう。
本記事と関連する記事として、以下もぜひご覧ください。
【君の知らない複式簿記4】簿記代数の教科書『Algebraic Models For Accounting Systems』とバランスベクトル
複式簿記で普段使っている概念を数式を使って整理すると、それぞれの特徴を再確認することができたので、すごく勉強になりました
濱口さん、コメントありがとうございます!
おっしゃるとおり、数学が理解を促すという側面は確かにありますね。数学の言葉を使うと、「それぞれの特徴」を端的に表現できるのもパワフルです。
今後も簿記×数学の探求を続けてまいります、どうもありがとうございました。