簿記会計の公理を用いた議論の例

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簿記・会計の公理は、議論の前提を共有し、議論の範囲を明確化するメリットがあります。

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本記事では、簿記・会計の公理が用いられた論考を紹介し、公理による議論がどんな結論を導いているのかを紹介します。

シュバイツァーの公理系

本記事では上野(2019)の第18章「簿記理論の公理系」(担当:髙木 正史、以下では本例と称す)の内容を紹介します。

 

本例ではシュバイツァーが提示した公理系を丁寧に解説しています。ここでいう公理系とは、定義・公理・計算規則からなる約束事であり、シュバイツァーは複式簿記による財務会計の公理系を示しています。

公理系ではまず用語を「定義」し、続く「公理」において、「定義」した用語を用いた命題を提示しています。「計算規則」においては、財の受入は勘定の左側、負債の受入は勘定の右側といったルールが示されています。

公理には、例えば減価償却や原価配分(移動平均法・後入先出法)が妥当であるという命題を含んでいます。これら命題は公理ですから、その真偽は問題になりません。現代において公理とは必ずしも「自明の真理」としての意味合いはなく、単に定義上の要請です。

【参考記事】公理とはなにか。証明不要の命題がもつ「論理の力」について

ただし、敢えて指摘しておくなら、原価配分の手続きとしての後入先出法は、現在の企業会計では採用されていません。したがって現代の会計は、シュバイツァーが提示する会計の定義には当てはまりません。もう少し端的な表現をするなら「現代会計はシュバイツァー的会計ではない」です。

シュバイツァーの公理系は取得原価主義を前提としている

本例において、シュバイツァーの公理系は取得原価主義会計を念頭に置いていると指摘しています。シュバイツァーが自身の公理系を「取得原価主義会計の公理系である」と主張したのかは定かではありません。しかし本例では、シュバイツァーは取得原価主義を想定していたと解釈しています。

現代の(時価評価を伴う)会計は公理を満たすか

本例は「簿記会計の公理を用いた議論の例」として模範的な内容だと私は感じます。

なぜなら本例は、取得原価主義を想定したシュバイツァーの公理を議論の出発点とし、昨今の時価評価を伴った簿記処理が公理を満たさないことを示すことで、シュバイツァーの公理系が現代の会計を説明できないことを指摘しています。

これは極めて重要な、簿記・会計の公理的議論の例です。

仮定の妥当性を一旦度外視し、公理という了解事項を定めることで、その公理から導かれる会計(シュバイツァーの取得原価主義会計)が現状を説明しないことを証明しているのです。これはなにも、シュバイツァーの公理系を「自明だ」と判断したのではありません。あくまで定義上の要請として合意しただけです。

公理を共通認識として持った上で、現実における会計が公理を満たさないことを論理的に提示することで、現代の会計がシュバイツァー的(≒取得原価主義的)でないことを示しているのです。

もちろん、シュバイツァーの公理系を「複式簿記を用いた取得原価主義会計の公理」と解釈する、という(公理には定められていない)ステップが入っているため、公理的アプローチが徹底されているとは言えません。

しかし、現在における時価評価を伴う会計が公理を満たさないことを、公理に基づき確かめたというのは、簿記・会計の公理的な議論の重要な例と言えるでしょう。

また、特筆すべきは、本例では「現代会計のどんな処理がシュバイツァーの公理に反するのか」を明確に把握できている点です。具体的には、財評価の上方修正が公理に違反する、ということを示しています。

これはかなり強力な結論であり、「シュバイツァーの会計と現代の会計の差異」を浮き彫りにしています。これにより「現代の会計を含むには、どんな公理をおけばよいか」に関する方針が得られます。

まとめ

上野(2019)の第18章「簿記理論の公理系」(担当:髙木 正史)では公理について「自明な命題」という解釈を与えており、これは現代数学における公理の考え方とはやや異なっています。

しかし本例の後半で展開した議論は、まさに公理的アプローチによる現実問題の考察であって、個人的にこの章は「会計の公理的研究の模範となる論考」だったと思います。

本例のような簿記・会計の公理的議論が更に進展することを期待します。

参考文献

この記事は以下の書籍を参考にしました。600余年の歴史をもつ簿記の構造に魅了された研究者はたくさんいて、多くの理論学説が生まれました。その中で特に重要なものを解説しています。

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