会計は写像である、というのは有名なフレーズです。しかし会計という写像の定義域と値域、その写像自体の性質を数学的に定式化する研究はあまり知られていません。
以下の記事では、会計を経済の状態の集合から複式簿記に基づく会計情報の集合への写像であると定義しました。
【参考記事】複式簿記会計の公理:ひとつの提案として
本記事ではそのように定義された会計写像を基礎として、経済の状態の圏と会計情報の圏を定義することで、会計が関手になることを示します。
経済状態の圏
経済の状態の集合\( \Omega\)を唯一の対象とする圏\( \mathscr{ S }\)を考え、経済状態の圏とよびます。
【参考記事】圏(けん、category)【簿記数学の基礎知識】
\( \mathscr{ S }\)における射\( \mathscr{ S }\left(\Omega,\Omega \right)\)は状態の変化(状態遷移)と解釈できます。
経済状態の圏はモノイドとみなせます。モノイドの台集合は圏\( \mathscr{ S }\)の射、演算は射の合成、単位元は恒等射\( 1_{\Omega}\)です。圏の公理によって、射の合成には結合法則が成り立っています。
【参考記事】モノイドの定義と圏論的考え方【簿記数学の基礎知識】
経済状態の圏の対象と射は、ストックとフローと解釈することもできるでしょう。
圏\( \mathscr{ S }\)の射は、経済の状態の集合\( \Omega\)の具体的な状態遷移ひとつひとつに対応するようにとります。
つまり、経済の状態が\(\omega_1 \in\Omega\)であったときに状態\( \omega_2\)に遷移させる関数
f_{\omega_2\leftarrow\omega_1}(\omega)=
\left\{ \begin{array}{l}
\omega_2(\omega=\omega_1) \\
\omega(\omega\neq\omega_1)\end{array} \right.
\end{split} \end{equation}
会計情報の圏
\( n\)を自然数、\( R\)を環とし、\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)を環\( R\)上の\( \sigma-\)バランス加群とします。
すなわち加群準同型\( \sigma:\bigoplus_n R\to M\)が存在して\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)=\mathrm{ker}(\sigma)\)です。
\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)を唯一の対象とする圏\( \mathscr{ A}\)を考え、会計情報の圏とよびます。
\( \mathscr{ A }\)における射\( \mathscr{ A}\left(\mathrm{Bal}_n^\sigma(R),\mathrm{Bal}_n^\sigma(R) \right)\)は、バランス加群\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)上の取引(transaction)とよばれる写像です。
取引\( \tau\)はあるバランスベクトル\( v\)と一対一の関係にあり、会計情報の更新や仕訳の追加と解釈できます。
\( \mathscr{ A }\)における射\(\tau,\tau’ \)に対して、バランスベクトル\( v,v’\)が対応しているとします。2つの取引の合成を\(\tau’\circ\tau \)を、\( b\in\mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)に対して次のように定義します:
(\tau’\circ\tau)(b)&=\tau'(\tau(b))\\
&=\tau'(b+v)\\
&=b+v+v’.
\end{split} \end{equation}
会計関手
\(A\)を有限集合とし、\( A\)の要素の数を\( |A|\)とします。\( A\)は勘定科目の集合です。
会計写像
C_A :\Omega\to \mathrm{Bal}_{|A|}(R)
\end{split} \end{equation}
①対象の間の対応関係
会計写像\( C_A :\Omega\to \mathrm{Bal}_{|A|}\)の定義が、経済状態の圏\( \mathscr{ S }\)の対象と会計情報の圏\( \mathscr{ A }\)の対象の対応関係になっています。
会計写像\( C _A\)は経済状態\( \omega\in\Omega\)をバランスベクトル\( b=C_A(\omega)\in\mathrm{Bal}_{|A|}(R)\)に対応付けます。
②射の間の対応関係
\( \mathscr{ S }(\Omega,\Omega)\to \mathscr{ A }\left(C_A(\Omega),C _A(\Omega) \right)\)という対応関係は次のように考えます。
\(f \in\mathscr{ S }(\Omega,\Omega)\)に対して
f(\omega)\mapsto -C_A(\omega)+C_A(f(\omega))=\left( -C_A+C_A\circ f\right)(\omega)
\end{split} \end{equation}
\( -C_A+C_A\circ f\)は会計写像であり、\( \left( -C_A+C_A\circ f\right)\left( \omega\right)\)はバランス加群\( \mathrm{Bal}_{|A|}(R)\)上の取引になっています。したがってこれは会計情報の圏\( \mathscr{ A }\)の射になります。
この対応関係を\( f\mapsto C_A(f)\)と表すと、経済状態の圏における射から会計情報の圏における射への対応
C_A:\mathscr{ S }(\Omega,\Omega)\to\mathscr{ A }\left( C_A(\Omega),C_A(\Omega)\right)
\end{split} \end{equation}
③準同型性
\( \mathscr{ S}\)の射\( f,g\)に対して、
C_A(g\circ f)&= -C_A+C_A\circ (g\circ f)\\
&=-C_A+(C_A\circ g)\circ f\\
&=-C_A+C_A\circ f-C_A\circ f+C_A\circ g\circ f\\
&=C_A(g)\circ C_A(f)
\end{split} \end{equation}
④恒等射
\( 1_{\Omega}\)は\( f:\omega\mapsto \omega\)なので
C_A(1_{\Omega})&=-C_A+C_A\circ 1_{\Omega}\\
&=0_{\mathrm{Bal}_{|A|}}\\
&=0_{C_A\left( \Omega\right)}
\end{split} \end{equation}
以上①〜④より、\( C_A:\mathscr{ S }\to \mathscr{ A }\)は関手になります。
この関手\( C_A\)を会計関手といいます。
会計関手に関するいくつかの予想
- 会計関手は、会計基準の違い、連結会計、保守的な会計か否か、取得原価主義か時価主義か、といった会計の性質を記述できる
- 会計情報の圏の間の関手は、バランス加群の準同型から作られる
- 経済状態の圏と2つの会計情報の圏から、コンマ圏(の矢印を逆にしたもの)が得られる
- 勘定科目集合を対象とする勘定科目の圏が定義でき、これは圏Setにひとしい。圏Setから会計情報の圏を考えたとき、勘定科目の集合からバランス加群への写像は、Setから会計情報の圏への関手となる
- 経済状態の圏と勘定科目の圏の直積圏から、会計情報の圏への関手を構成できる(むしろこれこそ会計関手に相応しいかもしれない)
参考文献
「会計は写像である」というフレーズは、例えば以下の教科書の冒頭に述べられています。
圏論の基礎的な内容と関手については、以下のテキストを参考にしました。
会計情報の圏を定義するもととなったバランス加群は、以下のテキストで導入されたものです。
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