公認会計士である私が決算支援という専門業務を提供する中で,多くの企業から「経理人材がいない」という悩みの声を聞きます。
なぜ経理人材がいないのでしょうか。新しいテクノロジーの導入によって経理業務は自動化され,経理スタッフはいらなくなったはずではなかったのでしょうか。
上場企業も中小企業もベンチャー企業も,経理の作業者・マネージャーがいないと嘆く理由について考えます。
目次
経理がいない,という状況の整理
まず経理がいないという状況がどういう状況なのかを整理したいと思います。
経理がいないといっても,自社の財務諸表を作成したり税務申告を行う担当者が皆無であるという事はないでしょう。なぜならそれら業務は企業を存続させるための必須の仕事であり,経理業務を行わないという状況を放置することは企業にとって許されないからです。
本稿で考察する「経理がいない」という状況は「 経理の人数は0ではないけれども,必要と思われる数だけ経理担当者が確保できていない」という状況と考えられます。
換言すれば,一人当たりの経理の業務量が適当な水準を超えている状況,既存の経理人員の一人当たり作業量が適正量を超える状況と考えられます。
このような意味で経理がいないのは,どういう理由によるのでしょうか。
経理がいない,の原因
ケース1:(静的な視点)経理業務が多い,効率的でない
1つ目は,経理の業務がそもそも多いケースです。
クラウド会計システムやRPAといった補助ツールによって,経理業務は効率化されたと考えている経営者は少なくないようです。
しかし実際には,システムの保守・運用にかかわる別の業務が生まれたり,システムを使いこなせず効率性を落としたりして,全体としての業務が減っていないケースがあります。
ケース2:(動的な視点)経理関連業務が増えている
2つ目は,経理スタッフが行う業務が増えているケースです。
前述の通り経営者は,新しいテクノロジーの導入によって業務が効率化され,経理スタッフ一人当たりの業務が減ったと思っています。
ですから,今までできなかった新たな業務を依頼したり,他の業務ラインと兼任させたりして,経理スタッフの業務量を高止まりさせようとします。
実際にはケース1のとおり業務があまり減っていないので,結局一人当たりの業務量が増え「経理がいない,足りない…」という不平不満につながります。
ケース3:(静的な視点)経理スタッフが少ない
3つ目は,仕事をさばく経理スタッフの数の問題です。
経理業務は毎月初旬の月次決算や,四半期決算や,年度決算など,稼働期間が固定的ですが,それ以外の期間での経理業務の負荷は高くありません。
人員を効率的に配置しようとすると,非繁忙期の人件費を減らそうとするインセンティブが働き,経理人員を少なめに維持すると考えられます。
「繁忙期には多少無理をさせるかもしれないけれど,それ以外はまったり働いてくれていいから」というアメとムチによって,繁忙期の業務量に比して経理スタッフが少ない状況を正当化しているという話もよく聞きます。
ケース4:(動的な視点)経理になる人が減っている
4つ目のケースは経理になる人の減少です。
組織は新陳代謝を行うものですから,経理人員に出入りがあるのは通常のことです。しかし入ってくる人数より出ていく人数の方が多ければ,全体としての経理人員は減り,一人当たり業務量は増えます。さらに,新たに経理業務に携わる人に対する追加的な教育業務も発生するので,さらに負荷は増えます。
最近は 企業の経営環境が厳しくなり,直接収益をもたらさない間接業務よりも,営業などの収益業務に人を配置することが増えているようです。経理以外の業務分野に人を異動させる速度が,組織の中で経理人材を育てる教育するスピードよりも速いので,経理業務の一人当たり負荷は増える一方です。
経理がいない,に対処する方法
経理人材が足りない状況に対して,どんな具体的対応策があるでしょうか。
業務を効率化する
まず試してみたいのは,既存業務の効率化です。エクセルの関数やマクロを覚え,より少ない手数で経理業務を進めことができれば,一人当たりの負荷は減ります。
最近はパワークエリのような,データの整形・加工を簡単に行えるツールも増え,解説書も多数出版されています。
ITスキルを身に着け業務効率化を行うのは,必須であるように思います。
業務の棚卸をする
一人当たりの業務量が明らかに多く,それによりミスやトラブルが発生しているなら,適正なスタッフ人数を経営者に伝え人員を確保してもらう必要があるでしょう。
その際,経理業務にどんな仕事があり,それにどの程度の時間がかかるのかを客観的に伝えられれば,経営者も費用対効果を見て人員を増やしてくれるかもしれません。
経理業務の棚卸は業務全体の負荷を認識する効果がありますから,自分たちが苦しんでいる理由を知るためにも,業務内容と作業時間を「見える化」するとよいでしょう。
他部署との連携を強める
経理業務は極論すれば,決算シーズンに必要な人材が確保できればいいわけです。
したがって,一時的に他の部署から協力を得て,決算作業の人手を増やすというの効果的です。
この場合,経理業務が属人化していると,他部署の非会計人材が経理業務を遂行することが難しくなります。
これを解決するために,経理業務に関する手順を定めておくとか,ワークシートやフォルダ構成をシンプルでわかりやすいものにしておくといった取り組みが必要です。
属人化しないための経理業務の仕組みづくりについては,以下の書籍が参考になります。
外部に任せる
ITツールによる効率化や仕組みの整備によっても負荷が軽減できず,もはや自社内ではリソースがないという場合には,外部の専門家に依頼するのも一つの手です。
最近ではリモートで経理業務の手伝いをしてくれるサービス(例えばメリービズ)もありますし,連結会計など比較的高難度の分野においても,高いレベルで決算支援業務を提供する会計事務所があります。
自社で人材を確保・教育するよりもコストはかかるかもしれませんが,専門家としての業務品質と安定的なサービス提供が強みですので,検討してみてもいいのではないでしょうか。
まとめ
「経理がたりない」という現場の悲鳴に対して,その理由と対応策を考えてみました。
バックオフィス業務に充てられる経営資源がどんどん減っていく中,経理人材がやりがいをもって働けるように,組織として向き合ってほしいと思います。