複式簿記や会計の勉強する際に数学が必要ですか?と質問されることがあります。
簿記のテキストを開くと、規則正しく数字が羅列してあり、簿記を全く勉強したことのない人にとっては「簿記は数学の仲間なのか?」と考えるかもしれません。しかしそれは誤解です。
この記事では、簿記と数学の関係と、歴史的経緯、そして複式簿記の再数学化を意味する「複式簿記ルネサンス」について考えます。
簿記に数学は(ほぼ)不要
簿記や会計は数字を扱う分野です。企業が取引を行うと、一定の会計ルールに従って、複式簿記の枠組みにおいて数量的に表現することが求められます。したがって、簿記や会計と数字は密接不可分です。
しかし、簿記や会計が数字を扱うからといって、数学が必要であるとは限りません。つまり、簡単な数字の計算(四則演算、加減乗除)は必要だけれども、微分積分をしたり行列を考えたりといった難しい数学は必ずしも必要ありません。
複式簿記に従って会計処理を行う際には、足し算・引き算や数の正負は特に重要です。例えば企業が保有する資産が増えたり、負債が減ったりといった取引には足し算引き算と数の正負が自然に現れます。
また、掛け算・割り算も重要です。減価償却や税効果の計算において率(パーセント)を掛け算したり、外貨建取引を円換算する際に割り算が必要になることがあります。
このように、小中学校から高校にかけて学ぶ数の正負や四則演算は、簿記・会計の学習において非常に重要です。
ですが、それ以上の数学を使う事はあまり多くありません。1次関数の接線を求めたりだとか、2次方程式の解の公式を使ったりだとか、微分をしたりといったことは、簿記・会計の入門レベルではまず登場しません。
そういった発展的な数学が全く登場しないわけではありません。分野によっては、高校で勉強するようなシグマの記法を使ったり、累乗を使ったり、確率論でいう期待値を計算することはあります。貸倒引当金や減損損失などの論点でこれらが登場します。
ですが、それらは「算数に毛が生えた」レベルでありこれを数学と表現するのはやや仰々しいような気がします。
したがって、簿記や会計を学ぶ上で数学が必要かと言う質問の答えは「ほぼ必要ない」となるでしょう。
数字に強いという表現について
簿記や会計のスキルが高く、会計数値を見て状況をよく理解できる人のことを「数字に強い」と表現することがあります。
数字に強いというのは「数字を解釈する能力が高い」という意味です。
したがって、数学に強いのとは全く別のスキルであることに注意しましょう。
複式簿記が生まれた当時、簿記は数学だった
複式簿記は14世紀頃のイタリア地方で発展したと言われています。
当時の数学者であるルカ・パチョーリは自身の著書『スンマ』の中で、幾何学や比率の数学的理論とともに複式簿記の技術を紹介しています。『スンマ』は当時のイタリア商人が複式簿記をどのように使っていたのかをうかがい知ることのできる資料です。
複式簿記が数学書の中で紹介されたという事実から、14世紀においては複式簿記は数学の一部だったと考えても良いでしょう。
今日では複式簿記を数学の一分野と位置づけることはほぼありませんが、複式簿記の黎明期である14世紀イタリアにおいては、複式簿記は数学の一部と認識されていたのかもしれません。
複式簿記を再び数学にする:複式簿記ルネサンス
歴史的に数学の一部として広まり、今日ではその数学的側面が注目されなくなってきた複式簿記ですが、それを再び数学の枠組みの中で定式化させようという動きがあります。
このブログでも度々紹介している行列簿記や、複式簿記の代数構造(簿記代数)はまさに、複式簿記の数学化です。
複式簿記を数学の言葉で記述することによって別の角度から捉え直し、複式簿記をよりよく活用するための糸口が見つかることが期待されています。実際、行列簿記には様々な役立ちが指摘されています。
複式簿記を数学の言葉で表現することのご利益はまだ一般に広く認知されているとは言えません。しかし複式簿記を形式的な数学の枠組みの中に置き直すことで複式簿記のさらなる発展が期待できるのではないかと考えています。
近代会計の父ルカ・パチョーリが生きた時代には、古典文化の復興活動「ルネサンス」が巻き起こりました。
パチョーリの時代に息づいた数学としての複式簿記を復興させる現代の取り組みはまさに、「複式簿記ルネサンス」と言えるでしょう。
参考文献
簿記と会計の歴史的経緯や、ルカ・パチョーリの活躍については、こちらの書籍が参考になります。世界史という切り口から、現代の会計学の基礎を作った歴史的転換点を軽快な語り口で解説する良書です。
記事中に触れた行列簿記の役立ちについては、こちらの書籍によくまとまっています。行列簿記の仕組みや、データベースとの関係、経営分析への活用について書かれています。
複式簿記の代数構造については、【君の知らない複式簿記】シリーズの各記事をご覧ください。