簿記・会計の公理に関しては、このブログでも何度か取り上げています。
【参考記事】簿記・会計の公理化に挑んだ天才たち、複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介
ただ、個人的な印象として、Ijiriの公理は複式簿記の重要な命題を導くには少なすぎ、Mattessichの公理は複雑過ぎます。
Renes(2020)の公理はシンプルかつ重要な点を押さえているように思えますが、いくつか気になる点があります。
【参考記事】Renesの簿記公理に関する論点:企業の活動と会計測度について
この記事ではRenesの公理を踏襲しつつ、Rambaud et al.(2010)の基本的なフレームワークを踏襲した、オリジナルの公理を提示します。
複式簿記の公理(定義)
\( R\)を環、\( M\)を\( R-\)加群、\( n\)を自然数、\( \bigoplus_n R\)を自由加群とする。加群準同型
バランス加群\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)とその上の演算を複式簿記という。
解説
環\( R\)は貨幣単位を表します。環上の加群を定義するための基礎となる環です。
自然数\( n\)は自由加群のランクです。これはのちに定義される複式簿記会計における勘定科目の数に対応しています。
自由加群はベクトル空間の一般化であり、複式簿記における仕訳や試算表などの対象(バランスベクトル)の集合のもとになります。
自由加群\( \bigoplus_n R\)から\( M\)への加群準同型\( \sigma\)について、核\( \mathrm{ker}(\sigma)=\left\{ r=\bigoplus_n R|\sigma(r)=0_M\right\}\)の元は「写像\( \sigma\)で送った先が\( 0_M\in M\)であるような元の全体」です。\( \sigma\)として例えば、\( r=r_1\oplus\cdots\oplus r_n\in\bigoplus_n R\)の要素を足し上げる写像
r=r_1\oplus\cdots\oplus r_n\mapsto \sum r_i
\end{equation}
環\( R\)と加群準同型\( \sigma\)が文脈から明らかなときはバランス加群を\( \mathrm{Bal}_n\)と書いてもいいでしょう。
複式簿記会計の公理(定義)
\( \Omega\)を集合、\( \mathcal{A}\)を有限集合の族とし、\(A \in\mathcal{A}\)の要素の数を\( |A|\)と書く。写像
C :\Omega\times \mathcal{A}\to \mathrm{Bal}_{|A|}
\end{split} \end{equation}
解説
\( \Omega\)は会計報告の対象となる集合です。企業の経営活動、取引ともいいます。
\( A\in\mathcal{A}\)は勘定科目の集合です。
\( C \)は写像としての会計です。企業が取引\( \omega\in\Omega\)を行い、それを勘定科目の集合\( A\in\mathcal{A}\)を用いて会計的に表現すると、\( C(\omega,A)\in\mathrm{Bal}_n\)が得られるという枠組みを表しています。同じ取引であっても、使用する勘定科目が異なれば、当然仕訳が変わります。会計写像\( C\)の定義域に\( \mathcal{A}\)が入っているのはそういう事情を反映したものです。
検討事項
この公理はRenes(2020)の公理とRambaud et al.(2010)の簿記代数の概念を混ぜたものです。Renes(2020)の公理を拡張したものとして考えましたが、きちんと一般化されているかどうかはもう少し詳しく調べなくてはいけません。
仕訳や試算表の貸借が一致するという性質はバランス加群からすぐに出ます。逆仕訳や「仕訳なし」の存在も同様です。しかし、この公理から複式簿記と会計の種々の性質が導けるかどうかについても、検討していない部分があります。例えばクリーンサープラス関係が成り立つのか、とか、行列簿記はこの公理を満たしているか、などです。
簿記と会計を分けて定義したのは、多分オリジナルの着眼点です。「会計は写像である」という言葉はよく知られていますが、数学用語として明確に定義している例は多くないように思います。公理として与えた会計写像が、現実世界の会計基準を上手く言い表せているのかも、要検討です。
参考文献
本記事の内容はRambaud et al.(2010)で提示されたバランス加群の概念に大きく依っています。簿記の代数構造として、環上の加群は重要だと考えています。
Renes(2020)の公理は以下の記事をご覧ください。
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