会計と圏論における「忠実」:概念フレームワークと関手の定義に触れながら

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会計とは、企業等の経済主体が行う経済活動を一定のルールに基づき情報として伝達するプロセスをいいます。

圏論とは、一定の関係性を持つ対象たちの集まりを考察する数学の一分野です。

会計にも圏論にも「忠実」という言葉が登場します。

この記事では会計と圏論がどういった意味で「忠実」という言葉を使っているのか、そこに関連性はあるのかについて考えます。

財務報告に関する概念フレームワークの概要

財務会計には社会的ルールが存在します。それを会計基準といいます。

会計基準の設定においては会計に関する様々な概念をあらかじめ定義・整理しておく必要があります。そのような会計の用語の定義集が概念フレームワークです。

概念フレームワークには「資産」や「負債」とはそもそも何なのかといった会計用語の定義や、会計の目的や備えるべき性質などが記述されています。

財務会計の目的は、財務報告利用者の意思決定に有用な情報提供することと定義されています。

ここで、意思決定に有用であるための条件として「忠実な表現」であることが求めれています。

財務情報の「忠実な表現」

財務情報が経済現象の「忠実な表現(faithful representation)」であるとはどういうことなのでしょうか。

国際会計基準審議会(IASB)が公表する「財務報告に関する概念フレームワーク」(PDFリンク)のChapter2には以下のように定められています。

Faithful representation
• information must faithfully represent the
substance of what it purports to represent
• a faithful representation is, to the maximum extent
possible, complete, neutral and free from error
• a faithful representation is affected by level of
measurement uncertainty
(Google 翻訳)
情報は、それが表現しようとしているものの実体を忠実に表現しなければなりません。
忠実な表現は、可能な限り完全で、中立であり、エラーがありません。
忠実な表現は、測定の不確かさのレベルに影響されます。

つまり、財務情報が「忠実な表現」であるとは、利用者が情報を読み解くことで背後にある現象を理解でき、情報に偏りや誤りがないということです。

【参考】よくわかる「IASB概念フレームワーク」シリーズ(2)(PDFリンク

圏論における関手の忠実性

\( \mathscr{ A }, \mathscr{ B }\)を圏とし、\( F:\mathscr{ A }\to\mathscr{ B }\)を関手とします。

【参考記事】圏(けん、category)【簿記数学の基礎知識】

圏\( \mathscr{ A }\)における各対象\( A,A’\)について、関数

\begin{equation} \begin{split}
\mathscr{ A }\left(A,A’ \right)\to\mathscr{ B }\left(F(A),F(A’) \right)
\end{split} \end{equation}
が単射であるとき、関手\( F\)は忠実(faithful)といいます。

【参考記事】単射・全射・全単射 写像の定義の違いを整理する

財務報告の「忠実な表現」は圏論の意味で「忠実」か

会計にも圏論にも忠実(faithful)という用語が登場します。これらに関連はあるのでしょうか。より具体的には、財務報告の「忠実な表現」は圏論の意味で「忠実」なのでしょうか?

この問いかけに答えるためには、財務報告(より一般に、会計)を数学的に定式化する必要がありますが、ここでは「会計とは経済主体の活動の圏から会計情報の圏への関手である」と主張できるために必要な条件は満たされているとして話を進めます。

経済状態の圏から会計情報の圏への(会計という)関手が忠実であるとは、経済状態の圏における射(経済的状態の変化)を会計情報の圏における射(仕訳)に対応付ける写像が単射であるということです。これは成り立つのでしょうか。

現実的な会計のあり方を考えると、この写像は単射ではありません。なぜなら、会計は異なる状態変化に同じ会計処理を適用する場合があるからです。例えば100円のペンを購入したときと100円のマウスパッドを購入したとき、異なる状態変化が起こっていますが、これらはいずれも「販管費100/現金100」という仕訳に写像されます。

したがって一般に会計関手は圏論の意味で忠実ではありません。

しかし会計が「忠実な表現」すなわち「完全で、中立で、エラーがない」とき、会計という「経済状態から会計情報への写像」が単射として定義できる可能性はあります。

たとえば同じ会計処理をもたらす経済状態の同値類を考えると、その同値類と会計情報の間に全単射が取れます。このとき会計情報の利用者は会計情報から経済活動(の同値類)を完全に理解できるので、会計は「忠実な表現」になっており、同時に圏論の意味で「忠実」です。

参考文献

概念フレームワークの大まかな理解のために、以下のテキストを参考にしました。こちらを読んでから記事内のリンクをたどると、概念フレームワークの理解が深まるでしょう。

圏論における忠実の定義は以下を参考にしました。圏論の基礎的な内容を豊富な例とともに解説しています。

「同じ会計処理をもたらす経済活動の同値類」から会計情報への全単射が取れるという主張は、以下のテキストの第2章「群の基本」を参考にしました。

 

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