2021/06/26に開催された日本簿記学会第37回関東部会に参加しましたので,その内容を簡単にまとめます。
準備委員長の戸田先生はじめ,委員会の大田先生,小川先生,平井先生,真鍋先生に厚く御礼申し上げます。
目次
会長佐藤先生より,複式簿記の意義について論じる機会に
日本簿記学会会長の佐藤信彦先生より,複式簿記の意義について議論する機会にしようとの激励をいただきました。
AIやクラウド会計の台頭によって簿記を勉強しなくてもいいのではという「風説」が流れているようですが,そういった主張は誤解を含むことを強調されていました。
複式簿記は記録の手段であって,その重要性はテクノロジーの発展によってなくなるものではありません。
この部会で取り上げる3つの組織の簿記を通じて簿記の重要性を知り,活発に議論をし発信をしようと熱く語りかけておられ,胸を打たれました。
原先生より,改題「複式簿記再考 複式簿記とは何であり、何であり得るか」
今回の統一論題は「複式簿記再考 複式簿記とは何であり、何であり得るか」でした。
座長を務める原先生の解題では,変化の激しい時代に今一度,複式簿記について問い直す契機にしたいという開催趣旨に触れられたあと,企業会計以外の場における複式簿記の活用や,複式簿記の本質に関する従来研究の解説をしていただきました。
複式簿記の本質として,複式簿記の「複記式」という形式的特徴を重視する木村説と,損益計算を重視するリトルトンの所論を対比させながら,「複式簿記とはなにか」という視点で従来の研究を総説され,大変勉強になりました。
ちなみに,木村説は複式簿記の形式的特徴を重視し,それゆえに複式簿記の利用目的としての営利・非営利を問わないのが特徴だそうです。また,リトルトン説は複式簿記を記録計算目的と結びつけ,営利組織での利用が前提になっているそうです。
原先生はこの分野についての研究書を出版されていますので,是非読んでみたいと思います。
中野先生より,宗教法人会計における複式簿記
1人目の報告者である中野先生は,宗教法人会計における複式簿記について報告されました。
宗教法人は一般に複式簿記を前提としていないなか,神社本庁の財務規定は正規の簿記の原則を採用しており,複式簿記を非営利目的で使用しています。
昨今の環境変化の中で,宝物や拝礼施設の維持のため,複式簿記に基づく管理が有用だそうです。
修繕引当や減価償却に基づく固定資産の修繕計画をうまく取り入れることで,単年度における資金管理では不可能な財産管理と資金計画が可能になるというストーリーは,会計の有用性を認識するよい契機になりました。
本間先生より,日本陸軍における複式簿記
2人目の報告者である本間先生は,日本陸軍における複式簿記について報告されました。
明治22年までは,官庁の会計に複式簿記が採用されていたそうです。
官庁簿記は予算と決算の対応を特に重視しており,カラメル簿記とよばれる形式によって予算額と実際額の両方を記帳する方式が採られていたといいます。
複式簿記に基づく記録によって試算表を作成し予算制度と融合させることが,複式官庁簿記の要諦です。
予算を重視するという視点は管理会計においてクローズアップされるものと私は考えていたので,複式簿記という財務会計の基本的仕組みに管理会計的役立ちを期待していたのは,面白いと感じました。
吉田先生より,地方公会計における複式簿記
3人目の報告者である吉田先生は,地方公会計における複式簿記について報告されました。
地方公会計には「統一的な基準による地方公会計マニュアル」という会計規則があり,複式簿記に基づく財務諸表が作成されます。
地方公会計においては補助簿としての固定資産台帳の整備が重視されており,固定資産台帳と貸借対照表の照合による検証機能が大きな意義を持っているそうです。
報告では地方公会計と企業会計の比較を念頭に,実在勘定と名目勘定という複式簿記の勘定科目の類型についても解説されました。
特に,現金収支を実在勘定(現金勘定)でなく名目勘定(税収等収入)で記録するという考え方については,後述の統合会計システム(キャッシュ・フロー計算書を複式簿記に組み込む体系)とも深く関わっています。
統一論題関連講演,上野先生「複式簿記の可能性と将来」
今回の統一論題に関連する講演として,上野清貴先生が「複式簿記の可能性と将来」と題してご講演いただきました。
司会・対話者として平野先生が登壇され,「上野理論」について解説してくださったのち,上野先生ご本人から「会計の深層構造」と「統合会計システム」についての講演を拝聴しました。
会計の深層構造
会計の深層構造とは,複式簿記における仕訳を分解仕訳によって表現する構造のことです。
分解仕訳とは通常の仕訳を
- 便益関連取引
- 犠牲関連取引
とに分解したものであり,この2つから構成される複式簿記の性質を複式性といいます。
通常の仕訳は交換取引,損益取引,混合取引に分類されますが,深層構造理論においてはそれら全てを便益関連取引と犠牲関連取引に分解します。
すべての取引に複式性をもたせる深層構造に基づいて仕訳をし,それに適当な変形規則(相殺など)を適用したものが表層構造であり,表層構造が我々が見ている複式簿記の構造なのだそうです。
深層構造による財務諸表は原型財務諸表とよばれ,交換取引が損益計算から遮断されているなどの表層構造における限界を克服する構造を持っていると上野理論は主張します。
統合会計システム
講演のもう一つのトピックは統合会計システムです。
統合会計システムとはキャッシュ・フロー計算書を複式簿記の枠組みの中に整合的に取り込んだ複式簿記システムです。
現状のキャッシュ・フロー計算書は,B/S・P/Lに従属する性質を持っています。直接法も間接法もB/S・P/Lの情報を使っており,キャッシュ・フロー計算書とそれらは同等性がありません。
この問題を克服するのが統合会計システムであり,複式簿記の枠組みの中にキャッシュ・フロー計算書を包含させる枠組みです。
統合会計システムと似たアイデアは,以下の記事でも取り上げています。
深層構造と統合会計システムが合わさると深層統合会計システムという構造を得ます。
時間の関係でそこまではお話いただけなかったのですが,上野先生の著書に書いてあるようなので,読んでみようと思います。
まとめ
日本簿記学会第37回の内容についてまとめました。
宗教法人,日本陸軍,地方公共団体という,企業とは異なる経済主体において,複式簿記がさまざまな目的のもと運用され,その活用が模索されていることに,複式簿記の可能性を感じました。
そんな複式簿記の本質に迫る理論として,上野先生の深層統合会計システムの理論があります。
複式簿記という600年来の技術は,まだまだ私たちの知らない側面を残しているのかもしれません。
私も複式簿記の探求を続け,ブログで「君の知らない複式簿記」シリーズとしてお届けできればと思います。
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