FXや外貨預金に投資した際の期待リターンはゼロである、ということを、以下の記事で解説しました。
FXの期待リターン、億り人になれる確率、破産する確率【モンテカルロ・シミュレーション】
この記事では、裁定取引によるフォワードパリティと、カバー付き金利パリティという条件が成り立つとき、FX等の期待リターンはゼロであることを数式で示しています。
すなわち、他国通貨と自国通貨の金利差(インカムゲイン\(i_F−i_D\))と通貨高による増分(キャピタルゲイン\(E[s0,t]\))について
\left(i_F−i_D\right)+E[s0,t]=0
\end{split} \end{equation}
が成り立つので、外貨投資のトータルゲイン(インカムゲインとキャピタルゲインの和)はゼロと言えます。
フォワードパリティは成り立つのか?(投資家のリスク中立性の仮定は妥当か)
外貨投資の期待リターンがゼロであるという結論は、フォワードパリティとカバー付き金利パリティが成立するときに成り立つ主張です。
したがって、どちらかいずれかが成り立たない場合には、必ずしも「期待リターンはゼロ」といえなくなります。
実は、以下のフォワードパリティの式は、投資家がリスク中立的であるときには成り立ちますが、投資家がリスク回避的であるときには成り立ちません。
F_T=E\left[S_T\right]
\end{split} \end{equation}
ここで\(S_T\)は将来時点\(T\)におけるスポット為替レート、\(F_T\)は現時点\(0\)において結ぶ時点\(T\)のフォワード為替レートで、\(E\left[\cdot\right]\)は期待値を表します。
この期待値がくせ者で、上記式は「現実世界の確率のもとでの期待値」を表しており、上記等式が成り立つのは投資家がリスク中立的(リスクに対して追加的なリターンを求めない)のときだけです。
現実の投資家はリスク回避的であり、フォワード為替レートは将来のスポットレートの「リスク調整済み確率の下での期待値\(E^*\left[\cdot\right]\)」として決まります。フォワード為替レートは将来のスポットレートにリスクプレミアム\(\Pi\)を乗せた額として決まる、と言ってもいいでしょう。
F_T=E^*\left[S_T\right]=E\left[S_T\right]+\Pi
\end{split} \end{equation}
このように、投資家がリスク回避的であることを前提とすると、もはや「FX等の期待リターンはゼロ」とは言えず、為替のリスクプレミアムだけ期待リターンを生むという結論が得られます。
【参考】リスクプレミアム考慮したときのFX等のリターン
フォワードパリティ
F_T&=E\left[S_T\right]+\Pi\\
\Leftrightarrow \frac{ F_T}{ S_0}&=E\left[\frac{ S_T}{ S_0}\right]+\frac{ \Pi}{ S_0}\\
\Leftrightarrow \frac{ F_T}{ S_0}&=E\left[1+s_{0,T}\right]+\pi
\end{split} \end{equation}
カバー付き金利パリティ
\frac{ F_T}{ S_0}-1\approx i_D-i_F
\end{split} \end{equation}
FX等の期待リターン(上記2式より)
E\left[s_{0,T}\right]+\pi=i_D-i_F\\
\Leftrightarrow E\left[s_{0,T}\right]+i_F-i_D=-\pi\\
\end{split} \end{equation}
通貨の期待リターンはいくらなのか
通貨の期待リターンを生むリスクプレミアム\(\pi\)はどれくらいなのでしょうか。
上記の式だけでは、リスクプレミアム\(\pi\)が正なのか負なのかもはっきりしません(仮にフォワードパリティが\(\Pi>0\)で成立するなら、FX投資の期待リターンはマイナスです。)
通貨のリスクプレミアムが存在するのかしないのか、存在するならば正なのか負なのかという問題は、いまだ解明されていないようです。
ファイナンスの教科書的な考え方では「分散投資によって避けられるリスクには、リスクプレミアムが生じない」とされます。
通貨投資も同様に、分散可能なリスクであればリスクプレミアムは発生しないはずです。
しかしながら通貨の場合にはどうしてもヘッジしきれないリスクが残るとされており、具体的には以下のような要因がリスクプレミアムを発生させるといいます。
- 世界各国の対外債権債務の大きさ
- 為替リターンの分散
- 為替レートと世界マーケット・ポートフォリオとの共分散
たとえば日本の場合は、多額の対外純資産を有しており、それらのうち多くをヘッジなしで有しているため、市場取引において分散投資をしてもなお散らせないリスクが残ります。
結果として日本の投資家が対外資産投資で追う為替リスクにはプラスのプレミアムが生じます(参考文献参照)。
このように、通貨の期待リターンは必ずしもゼロであるとは言えず、世界各国の資産市場の状況を反映したリスクプレミアムを享受できる可能性があるということです。
参考文献
この記事は以下の書籍を参考にしました。第6章グローバル投資では、為替リスクの基本的理論や、国際投資における重要な定理(カバーつき・カバーなし金利平価や国際CAPM)が解説されており、ファイナンスの基本的な事項とともに幅広い分野を学べる良書です。
福田・斉藤(1997)”フォワード・ディスカウント・パズル:展望”では、本記事で扱ったような問題を、投資家のリスク回避性をはじめいくつかの視点から整理しています。
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