【君の知らない複式簿記0】まだ見たことのない複式簿記の姿を追い求めて

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複式簿記、人類の偉大なる発明の一つであり、600年に渡って使われ続けるビジネスの基本言語です。

【君の知らない複式簿記】シリーズは、そんな複式簿記の普段とは違う側面を探求するコンテンツです。

本記事では、私がなぜ複式簿記の別の表情に気づいたのか、複式簿記の知らない一面を追うとはどういうことなのか、説明します。

経理実務と複式簿記

複式簿記はビジネスに欠かすことのできないツールであり、私が公認会計士として働く日々の中で、同僚やお客さんと会話をするための基本言語でもあります。

私は大企業の決算を支援する仕事をしており、複式簿記に基づく会計情報を作成するお手伝いをしています。

大企業の経理はとても複雑です。

たとえば、会社によっては日本基準と国際会計基準という異なる会計基準で会計情報を作成しているところがあります。

また、連結と単体という異なる見方で会計処理を行う会社もあります。

さらに、会計基準改正や、前期と当期の会計情報の比較など、会計処理や企業の状態の変化も考える必要があります。

このように、経理において考えるべき「軸」にはいくつもあり、どの「軸」で会計処理を考えるかで、結論は大きく変わります。

ここに挙げた4つの「軸」、すなわち会計基準(日本と海外)、基準改正前後、連単、前記当期という4つの「軸」でも、それぞれ2通りずつの選択肢があるため、考えられるパターンは16通りあります。たとえば「日本基準 – 単体 – 基準変更前 – 前期」や「米国基準 – 連結 – 基準変更後 – 当期」といった組合せがあります。

複式簿記はこのような複雑な状況を、借方貸方、勘定科目、金額という基礎概念によって、理路整然と会計情報として描ききっています。

このような状況に日常的に身を置くなかで、私は一つの疑問を抱きました。

これほど複雑な状況にありながら、なぜ複式簿記はその枠組みから外れることなく、企業の状態を明瞭に表しつづけられるのか?

私は複式簿記のこうした性質を「美しい」と感じたのです。

複式簿記の美しさと数学的構造

複式簿記には「美しさ」があります。

混沌として目まぐるしく移り変わるビジネスの出来事を、借方貸方という2つの側面から整理できてしまう、それが複式簿記という技術です。そこには理路整然とした「数学的構造」があります。

そもそも会計学というのは、現実の出来事を複式簿記という技術を用いて会計数値に変換(写像)するプロセスと、そうして生まれた会計数値の利用や解釈に関する学問です。

会計学において複式簿記は欠くことのできないツールですが、複式簿記それ自体にどういう構造や性質があるのか、といった研究は必ずしもメジャーなトピックではありません。

もちろん、複式簿記の構造、その本質に迫った研究者は大勢います。

日本が生んだ公認会計士で、米国会計学会の会長も務めた偉大なる会計学者 井尻雄士先生は、借方貸方で表現される複式簿記を拡張できないかという問題に取り組まれました。彼の研究は、三式簿記と呼ばれる全く新しい簿記の姿を世に生み出しました。

【参考記事】【君の知らない複式簿記2】複式簿記の拡張、三式簿記

また、会計や簿記を極限まで抽象化し、これを公理的として定式化し、理論的な整備を行った研究者もいます。

【参考記事】簿記・会計の公理化に挑んだ天才たち

複式簿記のそのものを考察対象とする学術研究は、現在の会計研究においては主流ではありません。しかし様々な手法や実務的問題意識から、複式簿記の研究は至るところで行われています。

たとえば行列簿記は、複式簿記のひとつの形として研究されています。行列簿記の概要については以下の記事にまとまっています。

【参考記事】【君の知らない複式簿記1】行列簿記の意義、性質、限界

このような長きにわたる研究の積み重ねのなかで、近年、複式簿記の数学的研究は次のステージに進もうとしています。海外の研究者が複式簿記の数学的構造に迫り、複式簿記を「群」と捉えることで、その数学的構造を見事に抽象化し理解できるようになりました。

【参考記事】【君の知らない複式簿記3】複式簿記の代数的構造「群」【君の知らない複式簿記7】T勘定とパチョーリ群

複式簿記では、現在の試算表と「あるべき」試算表がわかれば、その差を埋める仕訳が一意に定まります。つまり、始まりと終わりがわかれば、差が決まるということです。これは複式簿記の代数構造によって決まる性質です。

さきに述べた4つの「軸」をもつ会計の状態を、複式簿記が簡潔に表現できるのは、こうした代数構造が関係しているようなのです。

「美しさ」や、美しさを感じる「対称性」の背後には、何らかの数学的構造が隠されているといいます。複式簿記が「美しい」と感じるなら、そこには何らかの数学的性質があるのではないか?と考えるのは、自然なことでしょう。

その問いかけの1つの答えが、「複式簿記は群である」という主張です。

複式簿記や会計システムという社会的なオブジェクトが、数学的に非常に明快な構造を持っていることに気づいたとき、私は大いに感動しました。

複式簿記の美しさの源である代数構造の研究を、私は「簿記代数」と呼んでいます。

まだ見たことのない簿記と会計の姿を求めて

簿記や会計という、人間の社会活動の基本言語について、私は何も知りませんでした。

しかし、簿記や会計という「概念」を抽象的に考えることで、その本質がおぼろげながら見えてきます。

簿記や会計を抽象数学の言葉で書き表せそうだというのも、こうした探求の一つの成果です。

【参考記事】【君の知らない複式簿記8】会計は写像であり、関手である。

簿記や会計を抽象的にとらえ、その本質に迫ることで、私たちは簿記や会計をよりよく理解できると信じています。

そして、まだ誰も見たことのない簿記や会計の姿をとらえることに成功したとき、600年に渡る簿記の歴史を新たなステージに進めることができるのではないかと考えています。

人類史においてまだ誰も知らない複式簿記の姿を探求する、その試みが【君の知らない複式簿記】です。

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