エンハンスト・インデックスファンド(Enhanced Index Fund, EIF)とはなにか。インデックスファンドとの2つの共通点と1つの違い。

エンハンスト・インデックスファンド(Enhanced Index Fund, EIF)というファンドをご存じでしょうか。

EIFはインデックスへの連動を基本としながら、インデックスを超えるリターンを狙うファンドのことです。

いわゆるアクティブ運用に分類されるファンドですが、インデックスファンドにも似た特徴を持っています。

本記事ではEIFの定義と、インデックスファンドとの違いについて述べます。

 

エンハンスト・インデックスファンドの定義とインデックスファンドとの違い

EIFは、インデックス構成銘柄よりも少数の銘柄で構成された、株式ポートフォリオのことを指します。

ただし、以下のような条件を満たすものとして定義されます。

  1. EIFポートフォリオの分散\(\sigma_p^2\)がインデックスの分散\(\sigma_I^2\)に近似する
  2. EIFポートフォリオの対インデックスのベータ値\(\beta_p=1\)
  3. EIFのリターンがインデックスのリターンより大きい(\(\mu_p>\mu_I\))

 

条件1.(分散がインデックスに近似)と条件2.(ベータが1)はインデックスファンドと同様です。

しかし、インデックスファンドはそのリターンがインデックスと一致するように運用されるのに対して、EIFはインデックスよりも大きなリターンを狙う点(条件3.)で、インデックスファンドと異なっています。

正のアルファを狙うという意味で、インデックス・プラスアルファ・ファンドとも呼ばれます。

 

エンハンスト・インデックスファンド(Enhanced Index Fund, EIF)はいわば「インデックスファンドの上位互換」と言ってもいいようなファンドです。

実際にそのような運用は可能なのでしょうか。

また、我々個人投資家はこういうファンドにアクセス可能、もしくは自身で組成することは可能なのでしょうか。

このような問いに対して、以下のテキストは、次のような驚くべき主張を展開しています。

結論から述べれば、長期投資の対象とする株式銘柄のユニバースを適切に設定したうえで等金額ポートフォリオを構築し、それを対象に自己充足的なリバランシングを繰り返すことにより、市場インデックスに一定水準連動し、これとほぼ等しいリスクをとりながら、リターンは事前、事後の双方において市場インデックスを凌駕して、プラスの多期間アルファを確保することができる。

テキストでは長期投資において利用可能なEIFの構築方法を示しているため、気になる方は是非チェックしてみてください。

当ブログでも詳細を発信していきますので、お楽しみに。

【再考察】外国通貨投資の期待リターン

FXや外貨預金に投資した際の期待リターンはゼロである、ということを、以下の記事で解説しました。

FXの期待リターン、億り人になれる確率、破産する確率【モンテカルロ・シミュレーション】

この記事では、裁定取引によるフォワードパリティと、カバー付き金利パリティという条件が成り立つとき、FX等の期待リターンはゼロであることを数式で示しています。

すなわち、他国通貨と自国通貨の金利差(インカムゲイン\(i_F−i_D\))と通貨高による増分(キャピタルゲイン\(E[s0,t]\))について

\begin{equation} \begin{split}
\left(i_F−i_D\right)+E[s0,t]=0
\end{split} \end{equation}

が成り立つので、外貨投資のトータルゲイン(インカムゲインとキャピタルゲインの和)はゼロと言えます。

フォワードパリティは成り立つのか?(投資家のリスク中立性の仮定は妥当か)

外貨投資の期待リターンがゼロであるという結論は、フォワードパリティとカバー付き金利パリティが成立するときに成り立つ主張です。

したがって、どちらかいずれかが成り立たない場合には、必ずしも「期待リターンはゼロ」といえなくなります。

実は、以下のフォワードパリティの式は、投資家がリスク中立的であるときには成り立ちますが、投資家がリスク回避的であるときには成り立ちません

\begin{equation} \begin{split}
F_T=E\left[S_T\right]
\end{split} \end{equation}

ここで\(S_T\)は将来時点\(T\)におけるスポット為替レート、\(F_T\)は現時点\(0\)において結ぶ時点\(T\)のフォワード為替レートで、\(E\left[\cdot\right]\)は期待値を表します。

この期待値がくせ者で、上記式は「現実世界の確率のもとでの期待値」を表しており、上記等式が成り立つのは投資家がリスク中立的(リスクに対して追加的なリターンを求めない)のときだけです。

現実の投資家はリスク回避的であり、フォワード為替レートは将来のスポットレートの「リスク調整済み確率の下での期待値\(E^*\left[\cdot\right]\)」として決まります。フォワード為替レートは将来のスポットレートにリスクプレミアム\(\Pi\)を乗せた額として決まる、と言ってもいいでしょう。

\begin{equation} \begin{split}
F_T=E^*\left[S_T\right]=E\left[S_T\right]+\Pi
\end{split} \end{equation}

このように、投資家がリスク回避的であることを前提とすると、もはや「FX等の期待リターンはゼロ」とは言えず、為替のリスクプレミアムだけ期待リターンを生むという結論が得られます。

【参考】リスクプレミアム考慮したときのFX等のリターン

フォワードパリティ

\begin{equation} \begin{split}
F_T&=E\left[S_T\right]+\Pi\\
\Leftrightarrow \frac{ F_T}{ S_0}&=E\left[\frac{ S_T}{ S_0}\right]+\frac{ \Pi}{ S_0}\\
\Leftrightarrow \frac{ F_T}{ S_0}&=E\left[1+s_{0,T}\right]+\pi
\end{split} \end{equation}

カバー付き金利パリティ

\begin{equation} \begin{split}
\frac{ F_T}{ S_0}-1\approx i_D-i_F
\end{split} \end{equation}

FX等の期待リターン(上記2式より)

\begin{equation} \begin{split}
E\left[s_{0,T}\right]+\pi=i_D-i_F\\
\Leftrightarrow E\left[s_{0,T}\right]+i_F-i_D=-\pi\\
\end{split} \end{equation}

 

通貨の期待リターンはいくらなのか

通貨の期待リターンを生むリスクプレミアム\(\pi\)はどれくらいなのでしょうか。

上記の式だけでは、リスクプレミアム\(\pi\)が正なのか負なのかもはっきりしません(仮にフォワードパリティが\(\Pi>0\)で成立するなら、FX投資の期待リターンはマイナスです。)

通貨のリスクプレミアムが存在するのかしないのか、存在するならば正なのか負なのかという問題は、いまだ解明されていないようです。

ファイナンスの教科書的な考え方では「分散投資によって避けられるリスクには、リスクプレミアムが生じない」とされます。

通貨投資も同様に、分散可能なリスクであればリスクプレミアムは発生しないはずです。

しかしながら通貨の場合にはどうしてもヘッジしきれないリスクが残るとされており、具体的には以下のような要因がリスクプレミアムを発生させるといいます。

  • 世界各国の対外債権債務の大きさ
  • 為替リターンの分散
  • 為替レートと世界マーケット・ポートフォリオとの共分散

たとえば日本の場合は、多額の対外純資産を有しており、それらのうち多くをヘッジなしで有しているため、市場取引において分散投資をしてもなお散らせないリスクが残ります。

結果として日本の投資家が対外資産投資で追う為替リスクにはプラスのプレミアムが生じます(参考文献参照)。

このように、通貨の期待リターンは必ずしもゼロであるとは言えず、世界各国の資産市場の状況を反映したリスクプレミアムを享受できる可能性があるということです。

 

参考文献

この記事は以下の書籍を参考にしました。第6章グローバル投資では、為替リスクの基本的理論や、国際投資における重要な定理(カバーつき・カバーなし金利平価や国際CAPM)が解説されており、ファイナンスの基本的な事項とともに幅広い分野を学べる良書です。

 

福田・斉藤(1997)”フォワード・ディスカウント・パズル:展望”では、本記事で扱ったような問題を、投資家のリスク回避性をはじめいくつかの視点から整理しています。

【君の知らない複式簿記5】簿記とベクトル、行列、そしてテンソルへ

 

複式簿記における試算表や仕訳はベクトルとして表現できることを、以下の記事で紹介しました。

【君の知らない複式簿記4】簿記代数の教科書『Algebraic Models For Accounting Systems』とバランスベクトル

本記事では複式簿記の「ベクトル」を、「行列」や「テンソル」へと拡張するアイデアについて述べます。

 

バランスベクトルとその性質

複式簿記のベクトル表現は、勘定科目をベクトルの各要素に対応させ、借方に置かれる勘定の金額はプラス、貸方に置かれる勘定の金額をマイナスとして表すことで得られます。

\[ \begin{array}{cr|cr} \hline
資産 & a & 負債 & l\\
& & 純資産 & e\\
費用 & c & 収益 & r\\
\end{array}
= \left(
\begin{array}{r}
a\\
-l\\
-e\\
-r\\
c \end{array} \right)
\leftarrow \left(
\begin{array}{c}
資産\\
負債\\
純資産\\
収益\\
費用
\end{array} \right)\]

このようにして試算表をベクトル表示したものを、バランスベクトルといいます。

 

試算表の借方・貸方の合計額は一致するというのが、複式簿記の大原則です。つまり

\begin{equation} \begin{split}
借方合計金額&=貸方合計金額\\
\Leftrightarrow a+c&=l+e+r
\end{split} \end{equation}

が成り立ちます。右辺を移項すると

\begin{equation} \begin{split}
a-l-e-r+c&=0\\
\Leftrightarrow\left( 1,1,1,1,1\right)\left(
\begin{array}{r}
a\\
-l\\
-e\\
-r\\
c \end{array} \right)&=0
\end{split} \end{equation}

であることがわかります。2つ目の等式は\( \vec{1}\)ベクトル\(=\left(1,\cdots,1\right)\)とバランスベクトルの内積がゼロ、つまり両者が直交することを意味します。

 

バランス行列への拡張

\begin{equation} \begin{split}
b&=\left(
\begin{array}{r}
a_1\\
a_2\\
\vdots\\
a_n \end{array} \right)=\left( a_i\right)
\end{split} \end{equation}

をバランスベクトルとします。つまり\(\sum_{i=1}^na_i=0\)です。

バランスベクトル\( b_1,b_2,\cdots,b_m\)を横に並べて得られる行列

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left( b_1,b_2,\cdots,b_m\right)\\
&=\left(
\begin{array}{rrrr}
a_{1,1}&a_{1,2}&\cdots&a_{1,m}\\
a_{2,1}&a_{2,2}&\cdots&a_{2,m}\\\\
\vdots\\
a_{n,1}&a_{n,2}&\cdots&a_{n,m}\\ \end{array}
\right)\\
&=\left( a_{i,j}\right)
\end{split} \end{equation}

は、複数のバランスベクトルを行列という形で同時に扱うことができ、バランスベクトルを拡張したものと言えます。これをバランス行列と呼ぶことにしましょう。バランス行列の各列は\( \vec{1}\)ベクトルに直交します。

バランス行列を使うことで、バランスベクトルでは扱えなかった異なる「軸」を扱うことができ、たとえば次のようなケースで活躍します。

  • 異なる「時間」のバランスベクトルを表す(バランスベクトルの時間変化)
  • 異なる「基準」のバランスベクトルを表す(いわゆるGAAP差)
  • 異なる「主体」のバランスベクトルを表す(例えば連結会計)

参考文献[1]ではここで示したようなバランス行列を「時間の経過順に並べたバランスベクトル」として導入し、ある会社のバランスベクトル(試算表)の推移を表すものとして紹介しています。

完全バランス行列

上述の

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left( b_1,b_2,\cdots,b_m\right)\\
&=\left(
\begin{array}{rrrr}
a_{1,1}&a_{1,2}&\cdots&a_{1,m}\\
a_{2,1}&a_{2,2}&\cdots&a_{2,m}\\\\
\vdots\\
a_{n,1}&a_{n,2}&\cdots&a_{n,m}\\ \end{array}
\right)\\
&=\left( a_{i,j}\right)
\end{split} \end{equation}

は、各「列」がバランスベクトルになっていましたが、各「行」もまたバランスベクトルであるようなものを考えることもできます。すなわち

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left( a_{i,j}\right)
\end{split} \end{equation}について、列(縦)方向の要素和がゼロに等しいというバランスベクトルの要件

\begin{equation} \begin{split}
\sum_{i=1}^na_{i,j}=0
\end{split} \end{equation}に加え、行(横)方向の要素和もゼロに等しいもの、つまり

\begin{equation} \begin{split}
\sum_{j=1}^ma_{i,j}=0
\end{split} \end{equation}であるようなものを特殊ケースとして考えることができます。

このように「列」方向にも「行」方向にもバランスベクトルであると考えることができるバランス行列を、完全バランス行列と呼ぶことにします。

例として、次のような\(3\times 3\)完全バランス行列を考えることができます。

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left(
\begin{array}{rrr}
100&-120&20\\
-50&80&-30\\
-50&40&10\\
\end{array}
\right)
\end{split} \end{equation}

この完全バランス行列の各列の要素はそれぞれ

\begin{equation} \begin{split}
\left(
\begin{array}{c}
資産a\\
負債l\\
純資産e\\
\end{array} \right)
\end{split} \end{equation}をイメージしており、第1列は「連結試算表」、第2列は「単体試算表の合計値(にマイナスをつけたもの)」、第3列は「連結修正仕訳(にマイナスをつけたもの)」をイメージしています。

つまり

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left(
\begin{array}{rrr}
連a&-単a&-修正a\\
連l&-単l&-修正l\\
連e&-単e&-修正e\\
\end{array}
\right)
\end{split} \end{equation}を意味しています。

列(縦)方向は資産=負債+純資産が成り立っており、バランスベクトルとなっていますが、行(横)方向についても、

\begin{equation} \begin{split}
連結ベースの資産=単体ベースの資産合計+資産に係る連結修正
\end{split} \end{equation}が成り立つので、バランスベクトルになっています。

\begin{equation} \begin{split}
M&=\left(
\begin{array}{rrr}
100&-120&20\\
-50&80&-30\\
-50&40&-10\\
\end{array}
\right)
\end{split} \end{equation}を完全バランス行列として具体的に解釈するなら、単体ベースの合計試算表(第2列)である

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
120 & 80\\
& 40
\end{array}
\end{split} \end{equation}に対して、連結修正仕訳(第3列)である

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
-20 & -30\\
& 10
\end{array}
\end{split} \end{equation}を加味した結果、連結試算表(第1列)である

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
100 & 50\\
& 50
\end{array}
\end{split} \end{equation}を得る、ということになります。

 

仕訳の仕訳

\begin{equation} \begin{split}
M
&=\left(
\begin{array}{rrrr}
a_{1,1}&a_{1,2}&\cdots&a_{1,m}\\
a_{2,1}&a_{2,2}&\cdots&a_{2,m}\\\\
\vdots\\
a_{n,1}&a_{n,2}&\cdots&a_{n,m}\\
\end{array}
\right)\\
&=\left( b_1,b_2,\cdots,b_m\right)\\
\end{split} \end{equation}が\(n\times m\)完全バランス行列であるとします。このとき\( b_1,b_2,\cdots,b_m\)は(列)バランスベクトルですが、これらの和について、

\begin{equation} \begin{split}
\sum_{j=1}^m b_j&=
\sum_{j=1}^m\left(
\begin{array}{c}
a_{1,j}\\
\vdots\\
a_{n_j}
\end{array}\right)\\
&=
\left(
\begin{array}{c}
\sum_{j=1}^ma_{1,j}\\
\vdots\\
\sum_{j=1}^ma_{n_j}
\end{array}\right)\\
&=\left(
\begin{array}{c}
0\\
\vdots\\
0
\end{array}\right)\\
&={\bf 0}
\end{split} \end{equation}が成り立っています。

完全バランス行列\(M=\left(b_1,\cdots,b_m\right),\sum b_j={\bf 0}\)という式は、バランスベクトル\(b=\left(a_1,\cdots,a_n\right),\sum a_i=0\)と構造が全く同じであることに気づくでしょう。

バランスベクトル\(b=\left(a_1,a_2,a_3\right)\)が、試算表や仕訳のT勘定図

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
a_1 & a_2\\
& a_3
\end{array}
\end{split} \end{equation}に対応していたように、完全バランス行列\(M=\left(b_1,b_2,b_3\right)\)も

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
b_1 & b_2\\
& b_3
\end{array}
\end{split} \end{equation}のようなT勘定図で表せます。さしずめこれは「完全バランス行列のT表現」とでも呼ぶべきものです。

バランスベクトルにおける各要素\(a_i\)は勘定の金額を表していましたが、T表現した完全バランス行列の各要素\(b_j\)はそれぞれがバランスベクトル、つまり試算表や仕訳です。

標語的なフレーズで表すとしたら、完全バランス行列のT表現は「仕訳の仕訳」と呼べるものです。

なぜなら、完全バランス行列\(M\)をT表現した時の各\(b_j\)がそれぞれT表現を持ち、

\begin{equation} \begin{split}
\begin{array}{r|r} \hline
\begin{array}{r|r} \hline
a_{1,1} & a_{2,1}\\
& a_{3,1}
\end{array}
&
\begin{array}{r|r} \hline
a_{1,2} & a_{2,2}\\
& a_{3,2}
\end{array}\\
&
\begin{array}{r|r} \hline
a_{1,3} & a_{2,3}\\
& a_{3,3}
\end{array}
\end{array}
\end{split} \end{equation}と表せるからです。

 

バランステンソル

ベクトルは1次元配列、行列は2次元配列の一種です。3次元以上の配列は、テンソルと呼ばれます(数学的には別の定義があります、参考文献をご覧ください)。

バランスベクトルやバランス行列を考えることができるなら、バランステンソルも同様に考えうるのではないか、というのは素朴なアイデアです。

バランス行列\( M_1,M_2,\cdots,M_K\)を並べた

\begin{equation} \begin{split}
T=\left( M_1,M_2,\cdots,M_K\right)=\left( a_{i,j,k}\right)
\end{split} \end{equation}は3階のテンソルです。

\(M_k\)が(必ずしも完全バランス行列ではない)バランス行列であるとき、これらを並べてできる\(T\)を、バランステンソルと呼ぶことにしましょう。

この\(T\)をさらに並べて、より高階のテンソルも考えることができます。

バランスベクトルは1階のバランステンソル、バランス行列は2階のバランステンソルです。

バランス行列で異なる「軸」を考えることができたように、高階のバランステンソルを考えればより複雑な状況を表せると考えられます。

 

完全バランステンソル

バランス行列(2階バランステンソル)\(M=\left(a_{i,j}\right)\)について

\begin{equation} \begin{split}
\sum_i a_{ i,j  }=\sum_j a_{ i,j  }=0
\end{split} \end{equation}が成り立つとき、\(M\)を完全バランス行列と呼ぶのでした。

同様に、\(D\)階のバランステンソル

\begin{equation} \begin{split}
T^D=\left(a_{ i_1,\cdots,i_D  }\right)
\end{split} \end{equation}について、

\begin{equation} \begin{split}
\sum_{i_1} a_{ i_1,\cdots,i_D  }=\cdots=\sum_{i_D} a_{ i_1,\cdots,i_D  }=0
\end{split} \end{equation}が成り立つとき(つまりどのインデックス\(i_d\)をとってきても、それに関する要素和がゼロ)、\(T^D\)は\(D\)階完全バランステンソルと呼ぶのがふさわしいでしょう。

一般の\(D\)階のテンソル(\(D\)次元配列)\(\left(x_{ i_1,\cdots,i_D  }\right)\)について、\(d\)番目のインデックス\(i_d\)に関する要素和がゼロになるようなもの、つまり

\begin{equation} \begin{split}
\mathrm{ tensor:}~x_{ i_1,\cdots,i_D  } \mathrm{  s.t.}~\sum_{i_d}x_{ i_1,\cdots,i_D  }= 0
\end{split} \end{equation}はバランステンソルと呼んでよいもので、これを\(D\)階の\(d-\)バランステンソルと呼ぶことにしましょう。

バランス行列\(a_{i,j}\)で、列(縦、\(i\))方向にはバランスベクトルであって、行(横、\(j\))方向にはバランスベクトルではないものは、\(2\)階の\( 1-\)バランステンソルです。

 

 

参考文献

複式簿記の代数構造やバランスベクトルの性質について、この本に述べられている内容が最先端と言っていいでしょう。

 

テンソルを「\( n\)次元配列」と考えること、その応用についてはこちらが参考になります。高次元配列を関係データの分析に活用する方法が述べられています。

 

テンソルの直感的定義と具体的な計算方法については、こちらをおすすめします。基礎的な線形代数の理解があれば読めるでしょう。テンソルの計算方法や「アインシュタイン記法」「縮約」などのルールについて、詳しく説明されています。

 

テンソルの数学的な定義については、以下が詳しいです。由緒ある教科書であり、線形代数の基礎から学ぶことができます。

株価が2倍になる確率と1/2になる確率は同じか?

株価が2倍になる確率と1/2になる確率は同じになるのでしょうか?

株価(リターン)がランダムウォークであると仮定して、株価が2倍になる確率と1/2になる確率を計算してみます。

結論としては、両者は一致しません。

 

株価リターンのモデル化、ランダムウォーク

時点\( t\)における株価を\( S_t\)と表すことにします。現在時点は\( t=0\)と約束しましょう。現在株価は\( S_0\)と表すことができます。

時点\( t\)からほんの少し将来に向けての株価の変化を\( \mathrm{d}S_t\)と表します。\( \mathrm{d}S_t\)を\( S_t\)で割った\( \frac{ \mathrm{d}S_t}{ S_t}\)は、時点\( t\)からほんの少し将来に向けての株価リターンと解釈できます。将来に向けてのリターンですから、時点\( t\)において\( \frac{ \mathrm{d}S_t}{ S_t}\)がどんな値になるかはわからず、ランダムです(\( \frac{ \mathrm{d}S_t}{ S_t}\)は時間パラメタ\( t\)に関連した確率変数です)。

株価リターンはランダムウォークである、とよく言われますが、これを数学的に表すと、

\begin{equation} \begin{split}
\frac{ \mathrm{d}S_t}{ S_t}=\sigma \mathrm{d}z_t
\end{split} \end{equation}

となります。ここで\( \sigma\)は株価リターンの変動性を表すパラメタ(ボラティリティといい、正の定数)、\( \mathrm{d}z_t\)は「ランダムなノイズ」を表しており(標準ブラウン運動の微小増分です)、\(z_t \)は正規分布\( N(0,t)\)に従います。

株価をこのように表したとき、瞬間的な株価リターンがプラスになるかマイナスになるかは事前に予測できず、「瞬間的には」上がるか下がるかは\( \frac{ 1}{2 }\)です。

この設定のもとでは、将来時点\( t\)における株価\( S_t\)は以下のような式で表せます。

\begin{equation} \begin{split}
S_t=S_0 \mathrm{e}^{-\frac{ 1}{ 2}\sigma^2t+\sigma z_t}
\end{split} \end{equation}

この式を導くには「伊藤の公式」という確率解析の公式を利用します。計算方法は以下の記事を参照してください

伊藤の公式を直感的に理解する(追記:ブラック・ショールズモデル)

 

株価が倍になる確率、半分になる確率

さて、ここまでの準備を踏まえて「株価が2倍になる(正確には、上回る)確率」と「株価が1/2倍になる(正確には、下回る)確率」は等しいのか、計算してみましょう。

「株価が2倍になる確率」を「将来時点\( t\)における株価\( S_t\)が、現時点の株価\( S_0\)の2倍を超える(つまり\( S_t>2S_0\)となる確率」と解釈すると、以下のように計算できます。

\begin{equation} \begin{split}
P\left( S_t>2S_0\right)&=P\left( \frac{ S_t}{ S_0}>2\right)\\
&=P\left( \mathrm{e}^{-\frac{ 1}{ 2}\sigma^2t+\sigma z_t}>2\right)\\
&=P\left( -\frac{ 1}{ 2}\sigma^2t+\sigma z_t>\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left( \sigma z_t>\frac{ 1}{ 2}\sigma^2t+\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  z_t>\frac{ 1}{ 2}\sigma t+\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
\end{split} \end{equation}

\( z_t\)は正規分布\( N(0,t)\)に従う確率変数です。この確率変数には

\begin{equation} \begin{split}
P\left( z_t>a\right)=P\left( z_t<-a\right)
\end{split} \end{equation}

という性質が成り立つことが知られています。期待値が\( 0\)の正規分布はプラスとマイナスの領域が左右対称であることから来る性質です。この性質を上の式に当てはめると

\begin{equation} \begin{split}
P\left( S_t>2S_0\right)&=P\left(  z_t>\frac{ 1}{ 2}\sigma t+\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  z_t<-\frac{ 1}{ 2}\sigma t-\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  -\frac{ 1}{ 2}\sigma t+z_t<-\sigma t-\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  -\frac{ 1}{ 2}\sigma^2 t+\sigma z_t<-\sigma^2 t-\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  \mathrm{e}^{-\frac{ 1}{ 2}\sigma^2 t+\sigma z_t}<\mathrm{e}^{-\sigma t}\mathrm{e}^{\mathrm{ln}\frac{ 1}{ 2}}\right)\\
&=P\left(  \frac{ S_t}{ S_0}<\frac{ 1}{ 2}\mathrm{e}^{-\sigma t}\right)\\
&=P\left(  S_t<\frac{ 1}{ 2}S_0\mathrm{e}^{-\sigma t}\right)\\
\end{split} \end{equation}

が成り立ちます。

「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」は\( P\left(S_t<\frac{ 1}{ 2}S_0 \right)\)ですから「株価が2倍(を上回る)になる確率」とは一致しません。\(\mathrm{e}^{-\sigma t} \)が掛かっているのが余計です。

つまり、株価リターンがランダムウォークであっても、「株価が2倍(を上回る)になる確率」と「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」は一致しません。

 

どちらの確率のほうが大きいのか

「株価が2倍(を上回る)になる確率」と「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」は一致しないことはわかりましたが、どちらの確率のほうが大きいのでしょうか。

「株価が2倍(を上回る)になる確率」の途中経過を工夫すると、

\begin{equation} \begin{split}
P\left( S_t>2S_0\right)&=P\left(  z_t>\frac{ 1}{ 2}\sigma t+\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  z_t<-\frac{ 1}{ 2}\sigma t-\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  -\frac{ 1}{ 2}\sigma t+z_t<-\sigma t-\frac{ 1}{ \sigma}\mathrm{ln}2\right)\\
&<P\left(  -\frac{ 1}{ 2}\sigma^2 t+\sigma z_t<-\mathrm{ln}2\right)\\
&=P\left(  S_t<\frac{ 1}{ 2}S_0\right)\\
\end{split} \end{equation}

という不等式が導けます。つまり「株価が2倍(を上回る)になる確率」よりも「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」のほうが大きいです。

 

二つの確率が等しくなる条件

ただし、将来時点\(t \)がごく小さければ、両者は近似します。

\( t\)が十分小さい時、

\begin{equation} \begin{split}
P\left( S_t>2S_0\right)&=P\left(  S_t<\frac{ 1}{ 2}S_0\mathrm{e}^{-\sigma t}\right)\\
&\approx P\left(  S_t<\frac{ 1}{ 2}S_0\right)
\end{split} \end{equation}

が成り立ちます。

つまり、ごく短期間の話をするならば「株価が2倍(を上回る)になる確率」と「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」は近似し、\( t\to0\)の極限で両者は一致します。

 

注意

この記事では「瞬間的な株価リターンが標準ブラウン運動の微小増分の意味でランダムウォークである」という前提のもとで、「株価が2倍(を上回る)になる確率」と「株価が1/2倍(を下回る)になる確率」は一致しない(後者のほうが大きい)ことを示しました。

当然ながら、前提が変われば結論は変わります。

例えば「将来のある時点までの株価リターンがランダムウォークである」という仮定をおけば、結論は変わります(それが学術的に広く受け入れられているかは別として)。

投資理論において「唯一絶対の正解はない」ことに注意してください。

 

参考文献

暗号のまま計算する技術〜準同型暗号に関する参考文献〜

暗号は秘密を守るための重要な技術です。

情報を伝えたい相手以外に情報を漏らさないよう、暗号は古くから工夫されてきました。

近年ではビットコインなどの暗号資産(少し前の言い方では、仮想通貨)を支える技術として、暗号は重要な役割を果たしています。

 

情報を暗号化すると、これを元に戻す(復号する)ことなしには、情報を知ることはできません。

当然、暗号化したままの情報では、検索を行ったり、計算をしたりするのは困難です。

最近のデータサイエンスの流行もあって、機密情報に統計処理を行い分析を行いたいというニーズは多いと思われますが、データを暗号化してから統計処理をすることはできず、どうしても機密情報そのものにアクセスせざるを得ません。

機密情報そのものを扱うということは、当然それが漏洩するリスクも負ってしまうことになります。

 

情報を加工したい、しかし情報そのものは持ちたくない。そんな課題を解決するのが「準同型暗号」という技術です。

 

準同型暗号を使うと「暗号のまま計算できる」ようになります。

機密情報そのものを持つことなく、機密情報を加工して得られる結論が手に入るのです。

 

準同型暗号は、そのアイデア自体は40年ほど前に既に認識されていましたが、ここ20年ほどで急速に研究が進んでいるようです。

 

準同型暗号に関する書籍・テキストは少なく、日本語の文献では以下のテキストに詳しい説明があります。

 

準同型暗号をわかりやすく解説した論文はいくつかあり、以下では準同型暗号の応用例についても述べられているので、とても参考になります。

 

量子コンピュータの脅威を考慮した高機能暗号:格子問題に基づく準同型暗号とその応用, 四方順司, 2019

公開鍵暗号型の高機能暗号を巡る研究動向, 清藤武暢、青野良範、四方順司, 2017

 

「暗号のまま計算できる技術」、準同型暗号。

ぜひ勉強してみてはいかがでしょうか。

ブロックチェーンは会計界のゲームチェンジャーとなるか-Deloitteのホワイトペーパーを読む-

国際的な会計・コンサルティングファームであるDeloiiteも、ブロックチェーンが会計業界に与える影響について注目しているようです。

こんなペーパーを見つけました。

Blockchain Technology A game-changer in accounting?(PDFリンク

 

ブロックチェーンは、その改ざん困難性により、会計帳簿の記録媒体として適性があると言われています。

冒頭のDeoillteのペーパーにも、次のように書いてあります。

すべての仕訳は分散化・暗号化されているため、取引を隠すために改ざんしたり破棄したりすることは事実上不可能である
Since all entries are distributed and cryptographically sealed, falsifying or destroying them to conceal activity is practically impossible.

 

特に、あるひとつの取引(商品を仕入れたり、固定資産を買ったり)について、自社と取引の相手方に加え、分散台帳たるブロックチェーンにその取引記録を記帳することで、会計情報の改ざん困難性と発見可能性を高められると言われています。

このような新しい会計の機構は「Triple-Entry bookkeeping」と呼ばれ、「三式簿記」と約されます。

ブロックチェーン的三式簿記はゲームチェンジャーとなりうるか

三式簿記は、ブロックチェーンの発明によってもたらされた新たな境地という印象が持たれますが、個人的にはあまり大それたものではない気がしています。

ブロックチェーンによる会計帳簿が改ざん困難、というのは、従来の「複式」簿記において一つの勘定だけ金額を改ざんしたら、帳簿の貸方借方が不一致になり発見される(もしくは会計システム上改ざんできない)というメカニズムと、大差ありません。

昨今の粉飾事例として見聞きするものの中には、架空の取引を関与企業が結託してでっち上げる、というようなケースも有り、このような場合にはいかにブロックチェーンに取引を記録しても、取引そのものが架空、つまり記録時点で粉飾が行われているわけですから、改ざん困難であっても意味がありません。

会計監査人は、当然会計帳簿の改ざんには目を光らせますが、それ以上に「企業が作成した会計帳簿が、現実の取引を適切に表しているか」をチェックします。

記録された情報が正しいか否かという判断は、ブロックチェーンには出来ません。

その意味でブロックチェーン的三式簿記は、帳簿の改ざんに対して一定の牽制効果は持ちつつも、会計のあり方を根本から変えるような(ましてや会計監査を不要にするような)ものではないと思われます。

三式簿記について

三式簿記については、過去の記事でも取り上げました。

【君の知らない複式簿記2】複式簿記の拡張、三式簿記

「三式簿記」というと、日本ではブロックチェーンとは全く別の文脈で、研究があります。

「複式簿記の拡張」という野望に満ちた偉大な研究です、興味がある方は是非調べてみてください。

発信することのハードルを、いかにして下げるか

私たちは日々、様々なことを学んでいます。

仕事での気付きや、日常のちょっとしたアイデアは、SNSやブログで発信することで、誰かの役に立つこともあります。

学びを発信することは、とても意義あることなのですが、しかし私にとっては(そしておそらく多くの読者の方にとっては)なかなか気が進まないことだったりします。

アイデアをまとめてブログやnoteで発信するのはごく一部の人で、Twitterでつぶやけばいい方、ほとんどの人は(私も含めて)アイデアを思いつき「いいことに気づいちゃった」と満足して終わりだと思われます。

これを人に伝わる形で「発信」できたらよいのですが、これが結構めんどうで、人に見られることを意識するとすぐやる気がなくなります。

そんな話を呟いたら、尊敬する先輩がこんな言葉をくれました(鍵垢なのでフレーズだけ引用させていただきます)。

中途半端な状態でもアウトプットしてwiki的にみんなでツキハギ補足するサイトみたいなのを作れば良いのでは?

これからの時代、答えよりもイシューや頭出し、掘る下げる観点やポイントの方が価値ありそ。

確かにおっしゃるとおりです。

問題意識(イシュー)とそれに対する解決策、意見、関連する情報などが整理されていれば、それに越したことはありません。

しかしそういう「質」的側面を重視するあまり、「量」がおざなりになり発信すること自体をやめてしまうのは、本末転倒です。

量が質に転化するのであって、最初から(程度が必ずしも高くない)質に固執して、量をこなすのを遠ざけていたら、意味がない気がします。

なので、私はとりあえず、中途半端でも低クオリティでもいいので、こうした発信の機会を増やそうと思います。

とりあえず、スマホですぐにブログを書けるようにアプリを入れました。

Done is better than perfect.

複式簿記と行列簿記のテキスト・研究書5選

複式簿記による会計処理については多くのテキストが存在しますが、複式簿記やその派生形としての行列簿記「そのもの」について説明した本は、あまり多くないようです。

  • 複式簿記とはなにか
  • 行列簿記とはなにか
  • 複式簿記が備えるべき性質は何か
  • 単式簿記との違いは
  • 複式簿記は拡張できるのか
といった「複式簿記・行列簿記そのもの」に対する研究についてまとめた研究所のうち、2020年3月現在で本屋さんで買えるものをまとめておきます。

複式簿記のサイエンス

行列簿記の現代的意義

本書は行列簿記に関する歴史的・実務的内容を包括的に扱った、意欲的な研究書です。著者の礒本先生は行列簿記の専門家といってもよく、「行列簿記」というキーワードで検索すると彼の論文が多数ヒットします。

本書で説明されている、行列簿記による記帳の効率化や、データベースとの関連性は、会計実務に携わる人にとっても役立つと思われます。

 

複式簿記 根本原則の研究

簿記の理論学説と計算構造

日本簿記学説の歴史探訪

単射・全射・全単射 写像の定義の違いを整理する

本記事では、写像の種類「単射・全射・全単射」について、それらの定義の違いを整理し、例を用いて理解します。

単射と全射は、イメージできるようになるまで何度も定義を見直すことで、徐々に自分の中で消化されていきます。

焦らず繰り返し触れていきましょう。

本記事では『代数学1 群論入門』(雪江明彦著)を参考にしています。

集合の定義

数学における集合とは、簡単に言えば「ものの集まり」のことです。集合に属するひとつひとつの「もの」を、その集合の元(げん)といいます。

集合を厳密に定義しようとすると、公理的集合論と呼ばれる難解な分野に足を踏み入れることになりますので、ここでは簡単なイメージのみで済ませます。

集合は、それに属する「もの」を明示して表すことがあります。たとえば「信号機の色」という集合を\(A \)とすると
\begin{equation}
A=\left\{ 青,黄,赤\right\}
\end{equation}
と表せますし、自然数の集合を\( \mathbb{N}\)とすると
\begin{equation}
\mathbb{N}=\left\{ 0,1,2,\ldots\right\}
\end{equation}
と表せます(\( 0\)を自然数に含めるか否かは議論の余地があります)。

写像の定義

集合\( A\)の任意の元\( a\)に対し集合\( B\)の元\(f(a) \)がただ一つ定まっているとき、\( f\)を\( A\)から\( B\)への写像といって、\begin{equation}f:A\to B\end{equation}
と書きます。

つまり、集合\( A\)に属するどんな元をとってきても、集合\(B \)に属する元をたった一つ対応づけることができ、その対応ルールが写像\(f \)といいます。写像を関数ということもあります(高校数学まででは、関数と呼んだ方が親しみがあるでしょう)。

\( f\)が集合\( A\)から集合\( B\)への写像である、といったときには、集合\( A\)の異なる元が集合\( B\)の同じ元に対応付けられていても構いませんし(上図みどりの元)、集合\( B\)のなかで集合\( A\)の元に対応付けられないものがあっても構いません(上図オレンジの元)。

写像の例

「信号機の色」という集合\( A\)を\begin{equation}A=\left\{ 青,黄,赤\right\}\end{equation}
「信号機の意味」という集合\(B \)を\begin{equation}B=\left\{ 進んでよし,安全なら止まれ,止まれ\right\}\end{equation}
とすると、\( A\)から\( B\)への写像\( f\)として\begin{equation}f(青)=進んでよし,f(黄)=安全なら止まれ,f(赤)=止まれ\end{equation}
という対応関係を考えることができます。\( A\)の元のどれをとっても、\( B\)の元が1つ決まっているので、\( f\)は写像です。

高校数学まででは実数のなかで関数\( y=f(x)=x^2\)のようなものを考えていたので、上の例はやや不思議に思えるかもしれません。もちろん、実数の集合\( \mathbb{R}\)について、\( x\in \mathbb{R}\)に対して\( x^2\in \mathbb{R}\)を対応付ける規則は、\(\mathbb{R} \)から\(\mathbb{R} \)への写像であり、我々が高校数学で習った\( f(x)=x^2\)のことです。

\(f:A\to B\)を写像として、\( a\in A\)で\( f(a)=b\)のとき、\( b\)は\( a\)の像である、といいます。もっとくだけた表現では、\( a\)は\( b\)に行く、ということもあります。\( b\)は集合\( A\)から来ている、と表現することもあります。

部分集合\( S\subset A,T\subset B\)に対して、\( S\)から来ているもの全体の集合を\( S\)の像といい、\( f(S)\)と表します。つまり\begin{equation}f(S)=\left\{ f(a)|a\in S\right\}\end{equation}
です。また、\(T \)の元に行くもの全体の集合を\( T\)の逆像といい、\( f^{-1}(T)\)と表します。つまり\begin{equation}f^{-1}(T)=\left\{ a\in A|f(a)\in T\right\}\end{equation}です。

\(f:A\to B\)が写像であるためには、\( A\)の元に対して\( B\)の元がたった1つだけ定まっている必要があります。ある\( A\)の元を取った時、それが\( B\)の複数の元に対応してしまうような場合、それは写像とは呼びません。\(f:A\to B\)が写像であるといったときは、「\( A\)の元はすべて、\( B\)の元のどれか一つに行く」ことを意味しています。

単射と全射

\(f:A\to B\)を写像とします。

単射(injection)

\( a,a’\in A\)にたいして\( f(a)=f(a’)\)ならば\( a=a’\)である、という条件が満たされるとき、\( f\)は単射であるといいます。「行く先が同じなら、来るもとが同じ」と表現してもよいでしょう。

この条件は\( a\neq a’\)ならば\( f(a)\neq f(a’)\)であるという条件と同じです(もとの条件の対偶)。

くだけた表現をすれば「\( A\)の異なる元は\( B\)の異なる元に行く」「来る元が違えば行く元も違う」ということです。

全射(surjection)

任意の\( b\in B\)に対し\( a\in A\)があり\( f(a)=b\)となるとき、\(f \)は全射であるといいます。つまり「\( B\)のすべての元が\( A\)から来ている」「\( B\)の元は必ず\( A\)のいずれかの元に対応付けられている」ということです。

\(f:A\to B\)が写像であっても、\( A\)の元に対応付けられない\( B\)の元が存在することはあります。しかし\( f\)が全射であれば、\( B\)の元は必ず\( A\)の元から来るといえます。

全射でない例

\( A=\mathbb{R}\)から\( B=\mathbb{R}\)への写像\( f\)として、\( x\in A=\mathbb{R}\)に\( x^2\in B=\mathbb{R}\)を対応付けるもの(\( f(x)=x^2\))を考えましょう。このとき\( -2\in B=\mathbb{R}\)ですが、\( x^2=-2\)となる\(x \)は\( A=\mathbb{R}\)の中にありませんので、「\( B\)のすべての元が\( A\)から来ている」とはいえません。したがって\( f\)は全射ではありません。

全単射(bijection)

写像が単射かつ全射なら、全単射であるといいます。

集合\( A\)から集合\(B \)への全単射写像があるとき、集合\( A\)と集合\(B \)は「一対一に対応する」といいます。

\( f\)が写像であるとき「\( A\)の元はすべて、\( B\)の元のどれか一つに行く」といえます。ただし、同じ行き先かもしれないし、\( A\)の元から来ない\( B\)の元があるかもしれません。

しかし、\( f\)が単射のときは「\( A\)の異なる元は\( B\)の異なる元に行く(行き先が同じ\( A\)の元はない)」といえますし、\( f\)が全射のときは「\( B\)のすべての元が\( A\)から来ている」といえます。

したがって、\( f\)が全単射であるとき、\( A\)と\( B\)の元はそれぞれ一対一に対応するのです。

参考文献

本記事の内容はこちらのテキストを参考にしました。

上記テキストの参考文献に挙げられている本で、集合や写像に関するより詳しい内容を扱ったテキストとして、以下もおすすめです。