数学

順序群、順序環、順序体【簿記数学の基礎知識】

本記事では、順序群・順序環・順序体の定義をまとめています。

これらは群・環・体という代数構造に順序の概念を入れたものであり、これにより演算と整合的な「元の正負」を扱えるようになります。

元の正負は、複式簿記における借方と貸方の概念に繋がります。

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簿記会計の公理を考えると何が嬉しいのか?

このブログでは複式簿記と会計の公理についてたびたび取り上げています。

1960年頃から続く公理に関する研究や、最近提示された新しい公理をもとに、私が考案した公理も紹介しました。

本記事では、そもそもなぜ、簿記や会計の公理を考えるのか、公理を示すことでどんないいことがあるのか、考察します。

復習:公理とは何か

まず初めに、公理とはなにか復習しておきましょう。

公理とは、ある数学概念を定義する際に用いる、要請や主張のことです。

「こういう性質を満たすものを、ほにゃららと定義します」といったときの「こういう性質を満たす」という主張が公理です。

公理は、数学的な議論の出発点となる共通の了解事項ともいえます。公理には「それはなぜか」という問いかけの無限遡及を防ぐ効果もあります。

概念の定義に関する要請ですから、それが正しいかどうか、証明する必要はありません。

【参考記事】公理とはなにか。証明不要の命題がもつ「論理の力」について

簿記・会計の公理とは何か

簿記・会計の公理とは、簿記・会計の定義をする際に用いる要請・主張のことをいいます。

簿記・会計の公理を示すということは、簿記・会計の定義として満たすべき性質に合意をとるということであり、逆に、公理を満たすものならなんでも簿記・会計として認めてしまおうということを意味します。

例えば、我が国が誇る会計研究者の井尻先生は1968年の著書の中で、会計の公理として①支配の公理、②交換の公理、③数量の公理を提示しました(もっとも、これら公理からなにか命題を導くことはしなかったようですが…)

簿記・会計の公理を考える意義

簿記・会計は社会で広く用いられる概念であり、既にその重要性は十分認識されています。

そんな中、簿記・会計の公理を考えることに、一体どんな意義があるのでしょうか。

議論の前提を揃える

簿記・会計の公理を定めることで、簿記・会計の定義が決まります。

公理は議論の出発点です。簿記・会計の公理に同意するならば、簿記・会計に関するすべての議論は、その公理を出発点にできます。

公理を満たしているか確認するだけでよいので、「簿記・会計とはそもそも何なのか」「何であるべきなのか」という哲学的な問いかけに真っ向から挑むことなく、簿記・会計に関する有用な議論を進めることができます。これは重要なメリットです。

もちろん、簿記・会計の公理に同意するか否か、という議論は必要です。公理やそこから演繹される命題が、既にある簿記・会計の性質に反するのであれば、そのような公理には同意できないでしょう。

例えば、貸方借方に対応する概念がないとか、仕訳の足し算が仕訳の形をしていないとか、そういう状況を生むのであれば、そんな公理には同意できません。

しかしひとたび簿記・会計の公理に同意したならば、すべての議論はその公理を前提として進みます。

ちょうど「確率とは何なのか」という哲学的な問いかけに対して、コルモゴロフの公理がその問いかけを回避する道筋を示したように、簿記・会計の公理も「それ以上は追及不要」な議論の出発点を提供します。

 

議論の範囲を明確にする

公理から導かれる性質は、公理を満たすどんなものに対しても成り立つ普遍的なものです。簿記・会計の公理を与え、その公理から何がいえるかを調べることで、簿記・会計に一般に成り立つ性質を特定できます。

簿記・会計の公理から演繹される命題はすべて、簿記・会計の性質です。

考察の対象が行列簿記でも矢印簿記でも、簿記の公理さえ満たしていれば、公理から導かれる命題はすべて成り立ちます。考察の対象が財務会計でも管理会計でも、会計の公理さえ満たしていれば、公理から導かれる命題はすべて成り立ちます。

もちろん、現実にある簿記・会計の諸問題がすべて、公理から演繹される命題として述べられるわけではないはずです。

例えばRenesの公理私の公理では、「取得原価主義と時価主義のどちらが優れているか」という問いに対して、答えを用意できません。なぜなら、それらの公理は簿記・会計の抽象的な構造を規定するものであって、具体的な会計のあり方という現実問題を射程にしたものではないからです。

公理からは演繹できない問題は、簿記・会計の抽象的な構造の問題ではないといえます。これは確率の公理において、確率測度を具体的にどう定義するかという問題に踏み込まないのと似ています。それはあくまで現実の出来事をどうモデル化するかという問題です。

議論の出発点として簿記・会計の公理を示すことで、そこから演繹される命題は簿記・会計の構造から導かれる命題であると断言できます。逆に、簿記・会計の公理に定められていない主張を議論に付け加える必要があるならば、それは(当初合意した)簿記・会計の定義を拡張しているということになります。

導きたい命題のために定義や命題を付加することは自由です。群の定義に交換法則を追加しアーベル群を定義することで、より豊かな数学を展開できるのと同じです。

大切なのは、どこまでを共通の了解事項として合意したのか、それを明確に示すことです。

 

簿記・会計を抽象化し、未知の簿記・会計を見つける

簿記・会計の公理が与えられたとき、その公理を満たすものは、たとえどんなに「会計っぽくない」ものであっても、簿記・会計であると定義することになります。

公理という「簿記・会計が否かの判断規準」を示すことによって、一見して異なる対象に同じ構造を見出すことができます。簿記・会計を抽象化しているとも言えます。

概念の抽象化は公理の重要な利点の一つです。

ここで位相空間にちなんだ例を示します。3つの元しか持たない集合上で連続写像を定義できるという例に、概念が抽象化されるとはどういうことかを感じ取ってほしいと思います。

例:3つの元からなる集合上の連続写像

私たちは連続写像という言葉について、隙間なく埋まった空間と、その上の切れ目ないグラフをイメージするでしょう。逆に、飛び飛びの値を取る有限集合上では、連続写像が定義できるとは信じられません。

しかし、開集合の公理によって、有限集合に開集合を定めることで、有限集合の上の連続写像を定義することができます。

トランプの絵札(ジャック\(J\)、クイーン\(Q\)、キング\(K\))の集合\(S=\left\{J,Q,K\right\}\)に対して、開集合全体の集合\(\mathbb{O}\)を

\begin{equation} \begin{split}
\mathbb{O}=\left\{ \left\{ ~\right\},\left\{ Q\right\},\left\{J,Q \right\},\left\{ Q,K\right\},\left\{J,Q,K \right\}\right\}
\end{split} \end{equation}
と定めると、\(\mathbb{O}\)は開集合の公理を満たすことがわかります。

そこで写像\(f:S\to S\)を

\begin{equation} \begin{split}
f(J)=K,f(Q)=Q,f(K)=J
\end{split} \end{equation}
と定めると、この写像は連続写像の定義を満たしていることが確かめられます(詳細は参考文献をご覧ください)。

この例を通して伝えたいことは、公理を定めることによって概念が抽象化され、世界が広がっているということです。

有限集合上で連続写像を考えるというのはイメージしづらいことですが、公理を満たすような開集合を考えることができれば、たとえイメージと異なっていても、連続写像を定義できるのです。「開集合」「連続写像」の具体的イメージから離れ、概念を抽象化しています。

これと同様に、簿記・会計の公理を与えることによって、私たちが今まで簿記・会計とは考えてこなかった対象が、実は簿記・会計と同じ構造を持っていることに気づくかもしれないのです。

それが簿記・会計を抽象化するということであり、未知の簿記・会計を見つけるということです。

まとめ

この記事では簿記・会計の公理を考える意義について述べました。それは、

  1. 議論の前提を揃える
  2. 議論の範囲を明確にする
  3. 抽象化し、未知の簿記・会計を見つける

ということでした。

これらは簿記・会計の構造を論じる際に重要な役割を果たすと私は考えます。

簿記・会計の公理の重要性はまだ十分に認識されていないようなので、継続的に発信していこうと思います。

参考文献

そもそも数学における公理とは何なのか、定義とはどう違うのか、ということについては、以下の記事で詳しく述べています。
公理とはなにか。証明不要の命題がもつ「論理の力」について

簿記・会計の公理に関する研究があまり活発でない理由については、以下の記事で考察しています。
会計の公理的理論が普及していない理由を考える

記事の中で述べた井尻の3公理は、以下の書籍で詳しく論じられています。

トランプの絵札の集合で位相を考える、というお話は、以下の書籍に載っています。公理による概念の抽象化がどんな可能性を秘めているのか、ストーリーで明らかになるでしょう。

公理とはなにか。証明不要の命題がもつ「論理の力」について

本記事では「公理 axiom」とは何かを解説します。

大学に入って学ぶ 抽象的な数学の中で、私たちはいくつかの公理を学びます。しかし公理を考える意義や、定義という言葉との違いについて、詳しく習う機会は少なく、曖昧な理解で済ませがちです。

本記事では公理とは一体なんなのか、理解に役立つ参考文献を挙げながら解説します。

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複式簿記会計の公理:ひとつの提案として

簿記・会計の公理に関しては、このブログでも何度か取り上げています。

【参考記事】簿記・会計の公理化に挑んだ天才たち複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介

ただ、個人的な印象として、Ijiriの公理は複式簿記の重要な命題を導くには少なすぎ、Mattessichの公理は複雑過ぎます。

Renes(2020)の公理はシンプルかつ重要な点を押さえているように思えますが、いくつか気になる点があります。

【参考記事】Renesの簿記公理に関する論点:企業の活動と会計測度について

この記事ではRenesの公理を踏襲しつつ、Rambaud et al.(2010)の基本的なフレームワークを踏襲した、オリジナルの公理を提示します。

複式簿記の公理(定義)

\( R\)を環、\( M\)を\( R-\)加群、\( n\)を自然数、\( \bigoplus_n R\)を自由加群とする。加群準同型

\begin{equation} \begin{split}  \sigma:\bigoplus_n R\to M\end{split}\end{equation}
の核\( \mathrm{ker}(\sigma)\)を\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)と書き、これをバランス加群とよぶ。

バランス加群\( \mathrm{Bal}_n^\sigma(R)\)とその上の演算を複式簿記という。

 

解説

環\( R\)は貨幣単位を表します。環上の加群を定義するための基礎となる環です。

自然数\( n\)は自由加群のランクです。これはのちに定義される複式簿記会計における勘定科目の数に対応しています。

自由加群はベクトル空間の一般化であり、複式簿記における仕訳や試算表などの対象(バランスベクトル)の集合のもとになります。

自由加群\( \bigoplus_n R\)から\( M\)への加群準同型\( \sigma\)について、核\( \mathrm{ker}(\sigma)=\left\{ r=\bigoplus_n R|\sigma(r)=0_M\right\}\)の元は「写像\( \sigma\)で送った先が\( 0_M\in M\)であるような元の全体」です。\( \sigma\)として例えば、\( r=r_1\oplus\cdots\oplus r_n\in\bigoplus_n R\)の要素を足し上げる写像

\begin{equation}
r=r_1\oplus\cdots\oplus r_n\mapsto \sum r_i
\end{equation}
を考えます。これはRambaud et al.(2010)でも用いられている写像で、「借方合計-貸方合計=0」という複式簿記の原理に対応しています。この記事で提示する公理は、\( \sigma\)で送った先が適当な\( R-\)加群\( M\)の単位元になるように条件を一般化しています(これが上手くいくかは検討中です。テンソル簿記を考えるときはMを適当な自由加群として与えるのがよさそうです)。

環\( R\)と加群準同型\( \sigma\)が文脈から明らかなときはバランス加群を\( \mathrm{Bal}_n\)と書いてもいいでしょう。

 

複式簿記会計の公理(定義)

\( \Omega\)を集合、\( \mathscr{A}\)を有限集合の族とし、\(A \in\mathscr{A}\)の要素の数を\( |A|\)と書く。写像

\begin{equation} \begin{split}
\alpha :\Omega\times \mathscr{A}\to \mathrm{Bal}_{|A|}
\end{split} \end{equation}
が存在するとき、\( \alpha \)を会計写像とよび、\( \left( \alpha ,\mathrm{Bal}_{|A|}\right)\)を複式簿記会計とよぶ。

解説

\( \Omega\)は会計報告の対象となる集合です。企業の経営活動、取引ともいいます。

\( A\in\mathscr{A}\)は勘定科目の集合です。

\( \alpha \)は写像としての会計です。企業が取引\( \omega\in\Omega\)を行い、それを勘定科目の集合\( A\in\mathscr{A}\)を用いて会計的に表現すると、\( \alpha(\omega,A)\in\mathrm{Bal}_n\)が得られるという枠組みを表しています。同じ取引であっても、使用する勘定科目が異なれば、当然仕訳が変わります。会計写像\( \alpha \)の定義域に\( \mathscr{A}\)が入っているのはそういう事情を反映したものです。

 

検討事項

この公理はRenes(2020)の公理とRambaud et al.(2010)の簿記代数の概念を混ぜたものです。Renes(2020)の公理を拡張したものとして考えましたが、きちんと一般化されているかどうかはもう少し詳しく調べなくてはいけません。

仕訳や試算表の貸借が一致するという性質はバランス加群からすぐに出ます。逆仕訳や「仕訳なし」の存在も同様です。しかし、この公理から複式簿記と会計の種々の性質が導けるかどうかについても、検討していない部分があります。例えばクリーンサープラス関係が成り立つのか、とか、行列簿記はこの公理を満たしているか、などです。

簿記と会計を分けて定義したのは、多分オリジナルの着眼点です。「会計は写像である」という言葉はよく知られていますが、数学用語として明確に定義している例は多くないように思います。公理として与えた会計写像が、現実世界の会計基準を上手く言い表せているのかも、要検討です。

参考文献

本記事の内容はRambaud et al.(2010)で提示されたバランス加群の概念に大きく依っています。簿記の代数構造として、環上の加群は重要だと考えています。

Renes(2020)の公理は以下の記事をご覧ください。

複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介

Renesの簿記公理に関する論点:企業の活動と会計測度について

社会人が数学を学ぶとき乗り越えるべき3つのハードル

社会人で数学を学びたいという人が、私の周りで増えています。

AIやデータサイエンスの流行もあってか、新しい技術を理解するために数学を学び直したいというニーズがあるようです。

ただ、社会人が数学を学ぼうとするとき、いくつかのハードルに直面します。

この記事ではそんなハードルとその乗り越え方について解説します。

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Renesの簿記公理に関する論点:企業の活動と会計測度について

複式簿記の公理として近年提示されたのが、Renesの簿記公理です。

【参考記事】複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介

Renesの簿記公理は従来提示されてきた公理よりも完結かつ理解しやすいものですが、いくつか気になる点があります。

この記事ではRenesの簿記公理に関して論点となる点を紹介します。

本記事で扱うσ-加法族や符号付測度については、以下の書籍を参考にしています。

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複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介

簿記や会計の諸性質を演繹的に導けるような基本原理、すなわち簿記・会計の公理を探し出そうという試みは、1960年代頃から続いています。

【参考記事】簿記・会計の公理化に挑んだ天才たち

複式簿記に基づく会計(複式簿記会計)の公理に関する研究は現代の会計研究のメインストリームに位置付けられてはいません。しかし研究そのものは脈々と続いているようです。

この記事ではSander Renesの2020年の論文”When Debit=Credit, The Balance Constraint in Bookkeeping, Its Causes and Consequences for Accounting”で提示された6つの命題からなる公理を紹介します。

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縦計と横計の合計一致定理:縦計の合計と横計の合計が同じになるのはなぜか

会計士や経理人材は、仕事の中でたくさんの「表(テーブル)」を目にします。表の各列の合計額(縦計)と各行の合計額(横計)をそれぞれ集計することで、表の概要がわかります。

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圏(けん、category)【簿記数学の基礎知識】

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環(かん)ring【簿記数学の基礎知識】

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