日常

教科書の再読と知識のデフラグ

きちんと学んだことのある分野の教科書をもう一度読んでみると、いろいろなメリットがあります。

その一つが、知識のデフラグです。

デフラグ(デフラグメンテーション)とはIT用語で、断片化した情報を整理することをいいます。デフラグを行うと情報処理が早くなるなどのメリットがあります。

既習分野の教科書を再読することは、知識をデフラグする効果があります。

知識は一度インプットしても、それを活用する機会がないと忘れてしまうものです。

そこで知識のデフラグが効果を発揮します。

学んだことを全部忘れてしまうことはあまりないかもしれませんが、ある部分は忘れ、ある部分は覚えているといったふうに、記憶が断片化します。

教科書を読むと、断片化した記憶を再度体系的に整理することができます。これによって知識の定着度は増し、利用しやすくなるのです。

勉強したことのある分野のテキストをもう一度読むのは、新しいことを学ぶという意味での楽しさは少ないかもしれません。

しかし、知識のデフラグが行えるため、「生きた知識」を身に付けるのに役立ちます。

初心にかえったつもりで、昔読んだ本をもう一度手に取ったり、既習分野の新刊を読んでみたりしてみてはいかがでしょうか。

会計以外 会計じゃないの 当たり前だけどね

「会計とはなんなのだろう」ということを、最近よく考えます。

教科書的な答えとしては、企業の経済活動や状態を貨幣額などを用いて測定し報告するシステム、ということになるでしょう。会計は経済活動の写像である、というフレーズで語られることもあります。

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調子のってる自分にブレーキをかけてくれる存在を大切にしたい

調子のってるときに「お前調子のってんぞ」と諭してくれる人や、気付かせてくれる仕組みを確保しておくのは大切です。ここでいう「調子のってる」という言葉のニュアンスは、「誠実さを欠く」「感謝を忘れる」「独りよがりな行動をする」といったネガティブな意味です。

調子のってるとき、人は自分が調子のってるなと自覚しづらいものです。調子のってる自分は「いい調子の波に乗ってる」と思っているため、不誠実な振る舞いをしていても気づきづらいのです。

そんなときに「お前調子のってんぞ」と諭してくれる人が近くにいると、独りよがりな行動にブレーキを掛けられます。言葉や態度で正してくれる人がいなくとも、自分の振る舞いを客観視するための指標などを見つけられると、上手にブレーキを掛けられます。

例えば、以下のような点に注目すると、調子のってる自分に気付けるかもしれません。

  • SNSやチャットで、主語が自分の文が増えている
  • それに対して他者から歓迎の言葉がない、レスが少ない
  • 他人に対して〇〇すべきと考えることが多い

もちろん、調子のってる自分が悪だと言うつもりはありません。いい意味で「調子にのる」のは良いことで、自己肯定感を高め自信に繋がります。しかし、他人に不誠実な態度をとるのは避けたほうが良いでしょう。

調子のってる自分を正してくれる友人や仕組みを大切にしたいものです。

「苦労は勝手でもせよ」vs.「同じ苦労を味わわせたくない」

「苦労は買ってでもせよ」という言葉があります。苦労は人間を成長させる機会であるため、苦労はしたほうが良いという教えです。

一方、「同じ苦労を味わわせたくない」と後進を案じる気持ちの大切さもよく知られてます。自分たちは不便な思いをしたけれど、それを乗り越えることができたので、後進には同じ苦痛を味わってほしくないという想いの現れです。

「苦労は買ってでもせよ」という教えと、「同じ苦労を味わわせたくない」という想い。相反する二つの考え方を、どう整理したら良いのでしょうか。

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人生における選択のトレードオフと最適意思決定(ワークライフバランスかハードワークか)

 

人生において重視することを問う

人生において何を重視するか、というのは人それぞれ違います。

たとえば私が重視していることは

  • 気ままにストレスなく生きること
  • 健康に過ごすこと
  • 大切な人との時間をたくさん持つこと

です。これらに同意してくれる方もいるでしょうし、他にもっと大事なものがあるという方もいるでしょう。

ここに挙げた項目のほかに「ビジネスで成功すること」「仕事人として成長すること」を重視する人も多いと思われます。ハードに働いて多額の給料を稼いだり、自分のスキルを高めたりしたいという話はよく聞きます。

人生の選択肢の間のトレードオフ

しかしながら、ハードワークをするということは、それなりの犠牲を伴います。それは健康であったり、余暇の時間であったりします。

「あちらを立てればこちらが立たず」という関係をトレードオフといいます。激務と健康、仕事と余暇は、トレードオフの関係にあります。

どの変数を重視するかという視点

経済的な豊かさ、健康、家族関係、余暇などの「人生の満足度」(経済学でいうところの効用)を左右する諸変数について、その重要性は個人とその環境によってまったく異なります。

経済的豊かさを得るためには余暇が少なくても構わないという人は、豊かさの限界効用よりも余暇の限界効用のほうが小さい、と表現されます。

満足度の源泉にはトレードオフが存在します。先に述べた、激務と健康のトレードオフなどです。

私たちはこのようなトレードオフのもと、自分が人生において何を大切にしているのか(どの変数の限界効用が大きいのか)という価値観に照らして、自分の生涯効用を最大化させるために意思決定を行っています。

ハードワークかワークライフバランスか

時折、ワークライフバランスを重視したいという価値観に対して、スキルの獲得や成長を阻害すると言われることがあります。

確かに、ハードに働けばそれだけ仕事を覚える機会も増え、仕事への順応も早くなるでしょうから、このような主張には一理あります。

ここで重要なのは、ワークライフバランスを得ることと、ハードワークで成長を得ることと、どちらが自分の人生をより良くするか(生涯の効用を高められるか)という視点です。

ワークライフバランスを得ることの満足度と、ハードワークで大きな成長を得ることの満足度を天秤にかけたとき、前者が大きいのであれば良好なワークライフバランスのもと働くのがよいでしょうし、後者のほうが大きければ一心不乱に働くのが合理的な意思決定といえます。

もちろん、よく働く人の方が仕事人として評価されるのは当然ですから、場合によってはワークライフバランス重視派の人とハードワーク派の人とで、評価に差がつくこともあるでしょう。もしワークライフバランス派の人が「自分も仕事人として評価されたい」と思うのであれば、それは仕事の限界効用が高いとわかったということですから、そのときは仕事を頑張ればいいのです。

ただ、どの分野に比重を置くかが十人十色である以上、特定分野で他者と序列をつけることに大した意味はないように思えます。

大切なのは自分がどんな価値観をもち、どうありたいかを明確に認識して、自分で選択することです。

「これが私の選択だから」

と胸を張って言える、そんな生き方をしたいものです。

もっと勉強すればよかったという後悔と、社会人の学び直し

社会人になってから「学生時代にもっと勉強すればよかった」と後悔することがたまにあります。

またそれに似た後悔として、社会人になりたての頃に受けた研修をもっと真面目に受ければよかったと思う時もあります。

どうしてこんな後悔が生まれるのでしょうか。

こうした後悔には、どんな気持ちで向き合えばよいのでしょうか。

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自分を守るために誠実であるということ

誠実であるということは、自分を守るという意味を持ちます。

失敗したり、困難に直面したときに、誠実でない振る舞いが自分を責める口実になります。

自分自身を責めず、自分自信を信じられるために、誠実であることは重要です。

日常の失敗と自分への非難

人間には誰にでも失敗があります。日常の人間関係がこじれてしまったり、仕事でミスをしてしまったりと、私たちの生活に失敗はつきものです。

私たちが失敗に直面するとき、自分自信を責めてしまうことがあります。

「あのとき友人に横柄な態度をとって怒らせてしまったんだ」とか、「もっとよく考えて仕事を進めればよかったのに」とか、自分の過去を責める理由はいくつも見つかってしまいます。

自分自身を非難するのは辛いことです。失敗の原因が事後的に判明しても後の祭りで、なぜもっとふさわしい行動をとれなかったのかと後悔しても、もうどうしようもないのです。

誠実であることが自分の身を守る

日々の失敗に際して自分自身を責め立てないようにするにはどうしたら良いのでしょうか。

ひとつの解決策は、誠実さを欠かさずに生きること、だと思います。

誠実さとは、真面目であり、嘘をつかないことです。真面目であるということは、手を抜かないということを含みます。嘘をつかないというのは、自分に対しても嘘をつかないことを含みます。

誠実でない行いは、失敗が起きたときに自分を責める理由になってしまいます。

やましいこと、すべきとわかっていたのに手を抜いてしまった経験があると、失敗したときに大きな後悔を生みます。

他人や自分に嘘をつくと、たとえそれが誰かに知られていなくても、後ろめたさにつながります。

疲れていようと、辛かろうと、誠実性だけはなくしてはいけません。ズルしてはいけません。

逆に、常に誠実でありつづければ、失敗をしても「真面目にやったのだから仕方ない」と受け入れることができ、ポジティブな反省を行うことができます。他人から見ても、誠実に行った結果の失敗であれば、きっと大目に見てくれるでしょう。

誠実であるということは、失敗したときに自分を守ることなのです。

『3月のライオン』高橋くんの名言

高校生棋士の日常と葛藤を描いたマンガ『3月のライオン』第2巻でも、「誠実性は自分を守る」に通じるエピソードが登場します。

主人公の桐山零は、将棋のプロになったあと、周りから1年遅れて高校に進学しました。

その理由について、高校球児の高橋くんが理由を聞きます。

高橋くんの真剣な顔を見て、桐山くんは本当の言葉で答えなければいけないと悟り、真摯にこう答えます。

「逃げなかった」って記憶が欲しかったんだと 思います

この言葉を聞いた高橋くんは、静かに「――…そうか…」とうなずき、自分の体験と照らし合わせ、こう応えます。

「逃げたり」「サボッたり」した記憶って 自分にしかわからないけど…………

ピンチの時によく監督に「自分の信じろ」って言われるすけど

でも 自分の中にちょっとでも「逃げたり」「サボッたり」した記憶があると 「いや…だってオレ あの時サボったし…」って思っちゃって それができないんです

だから 上手く言えないけど

そういうの失くしたかった……って事ですよね

自分の思いが通じた桐山くんは「何だコレ すっごい嬉しい」と心のなかで泣きそうになるのでした。

 

このシーンはまさに、誠実に生きることが自分を守る・助けることを描いていると言えるでしょう。

いざというときに自分を信じることができるように、常に誠実に生きたいものです。