研究

「フィルトレーションが関手っぽい」と思って調べたら見つけた論文

フィルトレーション(情報増大系)は時間が進むにつれて情報が増えていくさまを記述できる確率論の概念です。

時間が進むという「動き」と,情報が「増える」という動きが,フィルトレーションという概念によって結び付けられています。

いわば構造を保っているわけです。

構造を保つというキーワードから想起される数学概念には,例えば準同型があります。

このほか,圏論における関手も,構造を保つ対応付けといえます。

この意味で,フィルトレーションは関手っぽいわけですが,そうした視点からフィルトレーションを扱った論文を見つけたのでメモしておきます。

足立高德,中島克志,琉佳勳,一般化フィルトレーションと二項資産価格モデル,オペレーションズ・リサーチ,2020年7月号(参考URL

 

2n式簿記

複式簿記の「複」を「二」ととらえると,二式簿記は三式簿記や四式以上に拡張できるのではと思えてきます。

そうしたアイデアを実現させたのが井尻先生の三式簿記の理論です。

【君の知らない複式簿記2】複式簿記の拡張、三式簿記

四式以上への拡張も可能なのかという疑問も当然湧いて出てきます。

この疑問に対して\( 2n\)式簿記を提唱する研究を見つけたので紹介します。

大貫裕二,交換代数による多元簿記とバリュー・マネジメント, 国際P2M学会研究発表大会予稿集,2013(J-STAGE

以前このブログでテンソル簿記なる概念を披露しました。仕訳や試算表がベクトル表現できるというアイデアを,行列やテンソル(多次元配列)へと拡張するというものです。

【君の知らない複式簿記5】簿記とベクトル、行列、そしてテンソルへ

テンソル簿記は\(2^n\)式簿記をイメージしており,\(2n\)簿記とは趣が異なります。

おそらく,\(2^n\)式簿記は\(n\)組の基底のテンソル積,\(2n\)簿記は\(n\)組の基底の直和なのではないかと考えています。

この記事で述べたような「複式簿記の拡張」に関する議論は今なお続いています。以下の書籍は複式簿記の本質的な構造に鋭く切り込む良書です,是非チェックしてみてください。


複式簿記を貨幣測定から解き放つ研究たち

このブログで紹介する簿記代数の議論はすべて,あるひとつの価値尺度に基づいています。

貨幣を用いた価値尺度によって統一的に測定を行うことはギルマンの公準の一つ「貨幣測定の公準」として知られます。

しかし,複式簿記の最近の研究において,この要求を緩和した形での理論がいくつも提案されてきています。

たとえば出口先生の交換代数は,複式簿記の構造を代数的に表したうえで,貨幣以外の測定単位(kgとか個とか)を用いた簿記演算を可能にしています。

参考:出口弘,実物簿記を用いたマネジメント会計と監査-SDGSの目標実現のために-,CUC公開講座2021 第1回(LINK:CUC公開講座 2021年度

パチョーリ群の生みの親Ellermanも非貨幣尺度への簿記の拡張を行っています。彼はパチョーリ群を多次元に拡張し,財産会計に基づく経済学を創りました。

論文紹介:On Double-Entry Bookkeeping: The Mathematical Treatment (Ellerman 2014)

簿記・会計の公理を提示したRenesの2020年の論文においても,単一の貨幣尺度による測定という公理を緩和しようとしています。

複式簿記会計の公理:Renes(2020)の紹介

ここに挙げたような複式簿記の根本原理への問いかけは,まだまだつきません。興味のある方は簿記理論のテキストを開いてみるときっと楽しめると思います。


会計公理の不可能性予想:会計理論全体を包括する公理の構築は不可能なのか

公理とはある数学概念を定義づける基本的命題や主張のことです。例えば,群の公理,ベクトル空間の公理などがあります。群の公理は「これこれという性質をもつものを,群とよぶ」という群の定義に用いられ,「これこれという性質」が公理にあたります。

公理とはなにか。証明不要の命題がもつ「論理の力」について

会計理論を公理的に扱おうとする動きは19世紀以降活発に起こりました。会計の公理化に取り組んだ研究者として注目したいのが,マテシッチと井尻です。

簿記・会計の公理化に挑んだ天才たち

会計公理研究は,会計の本質はどこにあるのかという視点を明らかにするという意味で,会計研究において極めて重要です。

理想的には,ある会計公理を定めれば,それのみに依拠して会計のさまざまな理論が導出できることが望ましいのです。例えば○○という公理から,減価償却を行う必要があるという命題を導いたり,××という公理から,親子会社間の取引は連結相殺消去しなくてはならないという命題を導いたりといった具合です。

しかし現代において会計理論を演繹的に導出できるような公理は設定できていません。概念フレームワークはそれに近いといえますが,しかし概念フレームワークによって会計の諸原則がすべて導けるわけではないため,公理とは言い難いと考えられます。

会計とはある種の決まりごとですが,それはとても複雑で,いくつかの特定の命題からすべて演繹することは絶望的です。

会計の公理化に挑戦した井尻先生は『新会計学辞典』(神戸大学会計学研究室編 1966)の「会計公理」の記述の中で,会計理論全体を包括する公理系の構築は不可能であろうと述べています。

井尻の不可能性予想とでも呼ぶべきこの予想は立証されているのか否か,私にはわかりません。もし立証されていれば,それは会計公理の不可能性定理とよぶべきでしょうし,反証されていれば会計公理が存在するということになります。

会計の公理化がどこまで可能で,どこから不可能なのかという範囲についてなら,私にも論じることはできそうなので,別の機会に述べたいと思います。

この記事は以下の書籍の第18章「簿記理論の公理系」を参考にしました。

論文紹介:On Double-Entry Bookkeeping: The Mathematical Treatment (Ellerman 2014)

この記事では,複式簿記におけるT勘定の代数構造についての論文”On Double-Entry Bookkeeping: The Mathematical Treatment” Ellerman(2014)を紹介します。

何についての論文か

“On Double-Entry Bookkeeping: The Mathematical Treatment”(以下Ellerman (2014))は,複式簿記の代数構造に関するの論文です。

複式簿記における勘定科目のTフォーム(T勘定図)が”差の群”(group of difference)としての性質を持つことを明らかにし,複式簿記が持つ数学的な構造を明瞭に示しています。

Ellerman (2014)はこの群をパチョーリ群と名付けました。

【君の知らない複式簿記7】T勘定とパチョーリ群

どこが面白いのか

Ellerman (2014)が面白いのは,複式簿記の数学的な取り扱いを初めて明らかにしたからです。

複式簿記の数学的な性質に言及した研究者は古くから存在していましたが,それらはほとんど注目されませんでした。

ド・モルガンやケイリーといった高名な数学者も複式簿記の数学的構造とその美しさについて考えを述べています。

しかし数学の正しい言葉遣いで複式簿記の性質を明確に述べたものはほぼなく,19世紀に入ってから見いだされた数学によって,やっと複式簿記の正確な数学的表現が得られました。

Ellerman (2014)は複式簿記の性質を代数的に正確な形で表現し研究した点が,独創的です。

どんな示唆があるか

Ellerman (2014)は複式簿記という実務的色合いの濃い対象を,純粋な数学的対象と位置づけたところに重要な意義があります。

複式簿記の代数構造が明らかになれば,その構造に基づいて会計システムを構築したり,複式簿記の新しい活用方法を模索したりできます。

簿記代数は何の役に立つのか

特に,複式簿記の新しい活用方法については,Ellerman (2014)の中で,会計数値を多次元ベクトルで表すという方向性を提示しています。

複式簿記は単一の貨幣尺度に基づく測定が前提とされますが,ベクトル会計システムを用いれば,異なる性質の取引や異なる品目の財をひとつの価値尺度で測定することなしに,複式簿記の枠組みで考察することが可能になります。

関連する文献

Ellerman (2014)は現代的な抽象代数の言葉で表現されています。これを理解するには,大学の初年度レベルの代数の知識が必要です。以下の書籍は私がこの文献を理解する際に参考にしました。

以下の記事はEllerman (2014)が提示した複式簿記の代数構造「パチョーリ群」について解説しています。

【君の知らない複式簿記7】T勘定とパチョーリ群

 

Ellerman (2014)とは異なる複式簿記の代数研究もあります。試算表や仕訳をベクトルで表現しその代数構造を探った研究があり,以下の記事はその研究書のレビュー記事です。

書評『Algebraic Models for Accounting Systems』複式簿記と会計システムの代数構造を解明する

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研究の進め方について〜論文は,まず書く〜

ひらめいたアイデアや仮説を検証し考察してから論文を書こうと思っても,書けません。なぜなら,検証や考察に終わりはなく,自分が納得の行く結論にはいつまで経ってもたどり着けないからです。研究者としての探究心があればあるほど,分析の「終わり」は遠いと感じるでしょう。

論文を書き進めるために大切なことは,考えたことを論文にまとめるのではなく,論文を書きながら考えをまとめるのだという意識を持つことです。論文を研究の最終工程と捉えるのではなく,研究を効果的に進めるためのプロセスと考えるのです。

研究しながら論文を書き進めることで,得られるメリットがあります。

第一に,自分のアイデアをすぐに誰かに見せられるようになります。これによってアドバイスや意見をもらいやすくなります。予め自分以外の研究者から論文に対する意見をもらい,それをもとに改善を行うことで,研究をよりよいものにできます。

第二に,論文を書く過程で考えが整理され,新たな研究アイデアが湧きます。ゼロから考察を行うのは難しいものですが,自分の考えを都度文書化することで,自分の理解を客観視できます。自分の考えをアウトプットしながら思案を巡らせることで,足場を固めながら前に進むことができ,そこから別の研究アイデアを得ることも可能になります。

このように,論文は研究のまとめとして執筆するのではなく,研究の進捗に合わせ書き続けていくと効果的です。

このアプローチは社会人博士として数多くの研究業績を挙げた中川さんにご教示いただきました,どうもありがとうございます。