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暗号のまま計算する技術〜準同型暗号に関する参考文献〜

暗号は秘密を守るための重要な技術です。

情報を伝えたい相手以外に情報を漏らさないよう、暗号は古くから工夫されてきました。

近年ではビットコインなどの暗号資産(少し前の言い方では、仮想通貨)を支える技術として、暗号は重要な役割を果たしています。

 

情報を暗号化すると、これを元に戻す(復号する)ことなしには、情報を知ることはできません。

当然、暗号化したままの情報では、検索を行ったり、計算をしたりするのは困難です。

たとえば機密情報に統計処理を行いたいとしても、暗号化してから統計処理をするわけにはいかず、どうしても機密情報そのものにアクセスせざるを得ません。

機密情報そのものを扱うということは、当然それが漏洩するリスクも負ってしまうことになります。

 

情報を加工したい、しかし情報そのものは持ちたくない。そんな課題を解決するのが「準同型暗号」という技術です。

 

準同型暗号を使うと「暗号のまま計算できる」ようになります。

機密情報そのものを持つことなく、機密情報を加工して得られる結論が手に入るのです。

 

準同型暗号は、そのアイデア自体は40年ほど前に既に認識されていましたが、ここ20年ほどで急速に研究が進んでいるようです。

 

準同型暗号に関する書籍・テキストは少なく、日本語の文献では以下のテキストに詳しい説明があります。

 

準同型暗号をわかりやすく解説した論文はいくつかあり、以下では準同型暗号の応用例についても述べられているので、とても参考になります。

 

量子コンピュータの脅威を考慮した高機能暗号:格子問題に基づく準同型暗号とその応用, 四方順司, 2019

公開鍵暗号型の高機能暗号を巡る研究動向, 清藤武暢、青野良範、四方順司, 2017

 

「暗号のまま計算できる技術」、準同型暗号。

ぜひ勉強してみてはいかがでしょうか。

経理は利益を生まないのか?【No】企業価値に貢献します!

こんにちは、毛糸です。

経理は利益を生まないという人がいます。

 
確かに、営業職とは異なり、経理は時間をかけることで収益が得られるものではありません。
 
しかし、だからと言って経理の仕事を軽視にするのは、短絡的な思考と言わざるを得ません。
 
経理、もしくは企業情報の開示・IRというのは、資本市場において企業がお金を調達するために果たさなくてはならない義務です。
 
義務であると同時に、経理が十分に役割を果たすことで、企業のビジネスを多くの投資者に知ってもらうことができ、それによって企業の資金調達にかかるコスト(資本コスト)ができると期待されています。
 
つまり、経理の仕事は、企業価値を高めるのに役立つということです。
 
企業の目的の一つは、利益を獲得し、企業価値を高め、投資者にリターンをもたらすことです。
 
営業職のいう「我々は収益に貢献している」というのは、企業価値向上の1つのルートにすぎません。
 
経理職も、資本市場における義務を果たし、投資者に企業内容を開示することで資本コストを下げるというルートを通じて、企業価値向上に貢献します。
 
したがって、経理は決して「仕方なくやるもの」ではなく、むしろ収益機会の不確実性の高い現在の事業環境の中で、企業価値向上のために行わなければいけない必須業務なのです。
 
経理職のみなさんには、是非このことを認識して、ご自分の業務に誇りを持ってほしいと思います。
 

中小企業における「人材」の意味と採用活動

こんにちは、毛糸です。

私は会計士資格を武器に、大企業の決算支援の仕事をしています。

いわゆる会計事務所に所属していますが、職員は会計士有資格者が100人程度の中小事務所です。

私の所属する会計事務所の主な業務内容は、大手企業の決算支援や、上場準備支援です。

夏場は決算シーズンから外れており、比較的自由に過ごすことができます。

自由に、といっても暇を持て余しているわけではなく、新しい会計トピックに追いついたり、ビジネスに関連するテクノロジーに関する勉強をしたりして過ごします。

しかし、こういった自己研鑽と同じくらい大切なことが、仲間の募集、すなわち採用活動です。

会計事務所、とくに中小事務所において、事業の成否を左右するのは人材です。

大手会計事務所であれば、社内の教育力も十分にあり、また組織内に十分なスキルを持つ専門家をたくさん抱えることができますが、中小事務所ではそうはいきません。

中小事務所では、ゼロから教育を施すほどの投資を行える余力はなかなかないのが通常ですし、さまざまなスキルを持つ専門家たちを多数抱えるのも難しいのです。

したがって、優れた人材を、適時に確保することが極めて重要です。

いくら市況がよく、会計事務所への業務依頼が活発であっても、人材がなければ収益には一切結びつきません。

中小会計事務所においては人材の確保は業務拡大の必要条件なのです。

幸運にも、私のいる会計事務所は労務管理が行き届いた、働きやすい職場です。

決算支援という「目の前のお客さんに喜ばれる仕事」にも誇りをもっていますし、大変充実したキャリアを歩んでいます。

こういう私自身の充実した毎日を売り文句にしながら、同じ志を持って働ける仲間を見つけていこうと思います。

証券会社が潰れたら?分別管理のまとめと暗号資産取引業者との対比

こんにちは、毛糸です。

先日こんなツイートをしました。

本記事ではこのつぶやきを掘り下げて、証券会社においてある資産の保全に関する制度(分別管理)と、暗号資産取引業者における似たような規制についてまとめます。

証券会社が破綻・倒産した場合、預けている証券やお金はどうなるのか?

証券会社が破綻した場合に、預けている資産はどうなるのでしょうか?

破綻している会社に預けていた人が悪い、と自己責任で片付けられてしまうのでしょうか?

いいえ、そうではありません。

証券会社は顧客の資産を自社資産と分けて管理している(分別管理)ので、会社が倒産しても誰かに取られてしまうようなことはありません。

参考
今さら聞けない!投資Q&A-証券会社が倒産した場合、預けている証券やお金はどうなるの?

そもそも、証券会社に預けている資産は、証券会社のものになったわけではなく、あくまで顧客の資産を一時的に預かっているだけなので、証券会社が破綻しても差し押さえ等の対象にはなりません。

参考
株券の保管振替制度Q33.【参加者の破綻】証券会社を通じ株券を<ほふり>に預けた後、その証券会社が破綻した場合、自分の株券はどうなるのでしょうか?

上場株式の場合、第三者の機関(ほふり)で区分して管理したり、金銭は、信託銀行に信託財産として管理されています。
参考

分別管理の制度:金融商品取引法、金融庁・証券業協会・会計士の検査・監査

証券会社の分別管理は金融商品取引法に定められており、違反すれば罰則があるほか、金融庁の検査・日本証券業協会の監査・公認会計士によるチェックが行われます。
また、破産の懸念があるような場合には、日本証券業協会が特別監査に入り、厳しく監督されることになります。

セーフティーネットとしての投資者保護基金(いわゆるペイオフ)

分別管理を前提とすれば、仮に破綻した場合でも、顧客の財産は返還されます。
しかし、万が一破綻時に何らかの事故(事務ミスなど)が発生するなどにより、円滑に返還できなくなった場合に備えて、投資者保護基金から1,000万円まで補償が行われることになっています。
銀行が破綻したときに預金保険機構が保証を行うのと同様、証券にも類似の制度が定められているということです。

暗号資産(仮想通貨)の分別管理と、証券会社との比較

暗号資産(仮想通貨)に関しても、暗号資産取引業者は分別管理を行うことが定められています。
顧客の金銭に関する分別管理は、金銭信託として信託銀行を使うので証券会社と同様のルールです。
顧客の暗号資産については、「自己の暗号資産と分別して管理」し、「業務の円滑な遂行等のために必要なものを除き、顧客の暗号資産を信頼性の高い方法(コールドウォレット等)で管理すること」が求められるとされています。
証券会社が上場株式について行う分別管理とはやや内容が異なっていますね。
証券会社における有価証券の分別管理が「第三者機関における区分管理」であるのに対して、
暗号資産交換業者の暗号資産の分別管理「コールドウォレット等での管理」となっており、管理の仕方が異なっています。

分別管理と公認会計士制度:合意された手続から保証業務へ

証券会社の分別管理も、暗号資産取引業者の分別管理も、それが規則に則って適切に行われているかどうかを確かめるため、会計士による保証を受けなくてはいけません。
参考
分別管理は従来「合意された手続」でしたが、最近「保証業務」に変わったようです。
会計士による確認作業から、会計監査と同じようなレベルに高まった、というイメージでしょう。

30歳になって思い知る、高校数学の大切さ

こんにちは、毛糸です。

数学は科学を語る「言葉」として広く受け入れられており、物理学やAIなどのテクノロジーも数学によって記述され、その確かさが証明されます。

社会科学も昨今、数学による分析が多く取り入れられ、経済学や会計学においても数学が用いられています。

最近読んでいる会計学のテキスト『Equity Valuation』にも、数学が用いられており、論理性と検証可能性を要する議論には、数学はなくてはならないものとなっています。

【参考記事】
会計を数学的・経済学的に表現する方法を考える

 
 

AIなどのテクノロジーを理解するために数学が必要なこともあってか、社会人になってから数学を学び直す人は増えているようです。

私が参加している勉強会でも、数学を扱うセミナーは大変好評です。

【参考記事】
【数学ガール】社会人の数学再入門に

 
数学は物事を抽象化し、その構造を浮かび上がらせ、論理の力で結論を導きます。
 
こういった考え方は、数式の展開や計算にとどまらず、日常生活で多くの気づきを与えてくれます。
 
【参考記事】
 
 
私は今年30歳になりましたが、未だに研究意欲を持ち続けており、ビジネスのなかで問題意識を見つけては、これを数学的に解決しようと日夜励んでいます。
 
ときには高校数学で学んだことを復習する必要にかられたりもして、あの頃の勉強はたしかに役に立っているなぁと感慨深くなることもあります。
 
是非、日常に数学のある生活を送る人が増えてほしいと思います。
 
【参考記事】
 
 

種類株式の評価事例| 日本公認会計士協会(経営研究調査会)経営研究調査会研究報告第53号

こんにちは、毛糸です。

「種類株式」は、スタートアップや大企業の資金調達に用いられる、柔軟に設計された株式です。

種類株式は普通株式とは異なり、配当や残余財産請求権を制限したり強化したり、議決権や取得条項などを付けられるなど、各会社の都合に合わせてカスタマイズできます。

当然、種類株式に関する約束が普通株式と異なれば、価格も異なるものになります。

種類株式はその発行時に、その価値に見合う金銭を出資してもらう必要がありますので、当然種類株式の「評価」の問題が浮上します。

 日本公認会計士協会(経営研究調査会)は2013年、経営研究調査会研究報告第53号「種類株式の評価事例」を公表しました(リンク)。

「種類株式の評価事例」では日本の制度上許される種類株式の多くの条件について整理し、実際にそれらをどう評価に織り込めばよいのかを、例題を用いて説明しています。

種類株式の発行時には、どういう目的で、どういう設計にし、それをどう評価すべきかという問題を常にセットで考えねばなりません。

「種類株式の評価事例」には、その問題に対応するための指針が提供されています。

企業価値と株主価値・PBRの関係

こんにちは、毛糸です。

先日こんなツイートを見つけました。

この図の出典は『ROEを超える企業価値創造』(柳 et al. 2019)だそうです。

この図や、あとに述べる同じ著者のレポートでは、企業価値という言葉を誤用しているのではないかと思われたので、ここで指摘したいと思います。

企業価値と株主価値と純資産

企業価値とは株主価値と負債価値の和として定義されます。

株主価値の評価理論について論じた『Equity Valuation』にも

we may determine the value of the firm both as the sum of debt and equity value, i.e.,
\begin{equation} \begin{split}
V_\tau=S_\tau+D_\tau
\end{split} \end{equation}

と述べられており、私もこの定義がフォーマルな定義であると考えています。なお、\( \tau\)はある時点を表す添字、\( V\)が企業価値、\( S\)が株主価値、\( D\)が負債価値です。

この定義の上で、株主と債権者に帰属するフリーキャッシュフローの割引現在価値もまた、企業価値\( V_\tau\)に一致することが示せます(これは定義ではなく定理です)。

株主価値\( S_\tau\)は市場から評価される金額であり、平たく言うと株式時価総額です。

会計ルールによって作成される貸借対照表で、株主価値に対応するのは、純資産(Book value, \( B_\tau\))です。

会計ルールは、株主価値\( S_\tau\)と純資産\( B_\tau\)が一致するようには出来ていないので、当然両者には差があり、両者の比が1になるとは限りません。

株主価値\( S_\tau\)と純資産\( B_\tau\)の比\( \frac{ S_\tau}{ B_\tau}\)はPBR(Price-Book Ratio)といいます。

ROEとPBRの関係

冒頭のツイートの図と似たような図が、同じく柳氏らのレポート『エクイティ・スプレッドと価値創造に係る一考察』(PDF)にも載っています。

同レポートの中では

ROE8%未満ではPBR1倍以下で価値評価が低迷するケースが多く、ROEが8%を超えるとPBRは1倍以上に向上して価値創造が高まる傾向があることが観察できる(図表1)。

と記載されており、また冒頭のツイートの画像(『ROEを超える企業価値創造』のものとされる)の題名は「優れたIRは企業価値向上に貢献する可能性」となっています。

いずれの図でも「ROEが高い企業はPBRが高い傾向にある」という傾向が読み取れますが、同時にこれを「価値創造が高まる」と表現しています。

この解釈は妥当なのでしょうか。

PBRと企業価値の関係

PBRは株主価値\( S\)と純資産簿価\( B\)の比\( \frac{ S}{ B}\)であり、企業価値\( V\)は株主価値\( S\)と負債価値\( D\)の和(\( V=S+D\))です。
これをちょっと変形してみると

\begin{equation} \begin{split}
V=S+D=PBR*B+D
\end{split} \end{equation}です。

この式から、純資産簿価\( B\)と負債価値\( D\)が同一ならば(変化しなければ)PBRが大きい会社ほど企業価値\( V\)が大きいといえます。
しかしこの前提が成り立たなければ、「高いPBR」は「高い企業価値」を意味しません。

トヨタ自動車は企業価値が大きい会社であるという主張は多くの方に賛同してもらえるかと思いますが、トヨタのPBRは1を下回るかどうか程度ですので、高いPBRとはいえません。

統計的にROEがPBRを高めるという主張は成り立っても、それが企業価値を高めているかどうかは明らかでないのです。

「高いPBR」と「高い企業価値」は同じ概念ではないので、それらを混同すると、誤った結論を導くことになります。

節税効果を企業価値に織り込む2つの方法

こんにちは、毛糸です。

最近こんな本を読んでいます。

本書『Equity Valuation』は、企業が発行する株式の評価方法について、会計学と経済学の立場から論じた研究書です。

この本の中で、節税効果(タックスシールド)を企業価値に織り込む2つの方法について述べられていたので、簡単にまとめておきます。

税引き後資本コスト(WACC)による方法

1つ目の方法が、フリーキャッシュフローや営業利益などの会計数値を割り引く際に用いる資本コストとして、税引き後の割引率を用いる方法です。

フリーキャッシュフローは債権者と株主に配分されるべきキャッシュフローで、これを以下のように定義される税引き後WACC(加重平均資本コスト)で割り引くことで、企業価値を算出できます。

\begin{equation} \begin{split}
k=\frac{ E}{ D+E}k_E+\frac{ D}{ D+E}(1-\tau)k_D
\end{split} \end{equation}ここで\( E\)は株主資本、\( D\)は負債、\(k_E \)は株主資本コスト、\( k_D\)は負債コスト、\( \tau\)は税率です。

この方法はPenman2007Lundholm&Sloan2004に詳しく説明してあるようです。

修正賞味現在価値法(Adjusted NPV、APV)

節税効果を企業価値に織り込むもうひとつの方法が、修正賞味現在価値法(Adjusted Net Present Value Method, APV)です。

この方法は、節税効果(タックスシールド)を営業活動から生じるキャッシュフローの一部であるかのように扱い、割引率には税引前のWACCを使って企業価値を計算をする方法です。

Grinblatt&Titman2002にはAPVによる企業価値評価が説明されているようです。

税引き後WACCとAPVの比較

いずれの方法でも、条件が同じであれば同一の結果を導きます。

しかし、『Equity Valuation』によれば、APV法のほうがより柔軟で、企業価値の源泉となる営業活動と(税引前で)NPVがゼロの金融活動とを区別する考え方と整合しているといいます。

倒産コストを明示的に扱うような応用的なケースにおいては、税引き後WACCによる計算では企業価値に「歪み」が生じます。

しかしAPV法によれば、倒産コストも営業活動の一部として、通常の割引計算のなかで対応できるため、適用範囲が広いのです。

税引き後WACCもAPVも、企業活動をいくぶん単純化しているため、必ずしも現実の問題を正しく捉えられない場面もありますが、企業価値評価の実務においては広く用いられる方法です。

日本語のコーポレート・ファイナンスの定番テキストにも、これらの方法が説明されているので、興味のある方は調べてみると良いでしょう。

【参考記事】
【ファイナンス・金融工学】おすすめテキストと有名大学の指定教科書・参考書まとめ

「ブロックチェーンで監査はなくなる」という誤解について

こんにちは、毛糸です。

AIやブロックチェーンなど、新しいテクノロジーが次々と生まれては、またたくまにビジネスに適用されていくのが今の時代です。

テクノロジーは我々の仕事を効率化し、人間がより人間らしく働くことの後押しをしてくれると期待されていますが、

一方で「仕事を奪われる」という脅威論もしばしば見られます。

本ブログの記事「AIで会計士の仕事(監査)はなくなるのか」に対するひとつの数理的整理では会計の数理モデルを用いて、会計のプログラム可能性という観点から、監査という仕事がAIに代替されるかどうかを考察しています。

ブロックチェーンの会計への応用と監査不要論

AIとともに会計分野への応用が期待されているのが、ブロックチェーンです。

ブロックチェーンはその改ざん困難性から、会計帳簿に活用することで、会計情報の正確性を担保できるのではないかと考えられています。

ある取引について、その当事者2社の会計帳簿に記帳を行うと同時に、その内容をブロックチェーンにも書き込むことで、当事者の会計情報の正確性を担保する仕組みは、ブロックチェーン式三式簿記と呼ばれています。

【参考記事】
【君の知らない複式簿記2】複式簿記の拡張、三式簿記

ブロックチェーン式三式簿記は、ブロックチェーンの改ざん困難性を会計情報の検証可能性に対応付けるという意味で新しい会計のあり方ですが、人によってはこの事をもって監査不要論を唱える方もいるようです。

企業の仕訳データをブロックチェーンに記録してオープンにしておけば、市場参加者がこれを確かめるので、監査は要らない

というのが、彼らの主張です。

監査における実態判断

たしかにブロックチェーン上の会計データは改ざん困難であり、これを外部から検証可能な状態にしておけば、市場原理によって監査は不要になるとも考えられます。

しかしながら、経済活動を適切に会計数値に写像しているかについて、ブロックチェーンは何ら保証していません。

例をあげましょう。

売上100万円、という会計情報がブロックチェーンに記録されており、100万円の領収書が公開されていたとします。

もしこの取引が通常の売上取引であれば、ブロックチェーン上の会計情報は領収書という証憑によって保証され、会計数値が適切であることを市場参加者が判断できます。

しかし、もしこの取引の裏で「商品を数日後に返却する約束」があったとすればどうでしょう。

この場合、当該取引の実態は商品を担保とした短期の借入であり、財務活動ですので、売上を認識するのは妥当ではありません。

当然、このような「踏み込んだ判断」を市場参加者が行うのは困難です。

現在の監査手続きにおいては、こうした「取引の実態」に即した会計処理が行われているかを総合的に判断し、企業の会計情報が適切であるかを判断しています。

つまり、ブロックチェーンは記録された会計情報が改ざんされていないことは保証できても、記録された会計情報が取引の実態を適切に示しているかについては、何ら保証しないのです。

したがって、ブロックチェーン式三式簿記によって監査は不要になる、という主張は、監査を矮小化した考えに基づく誤った理解と言えます。

ただ、実態判断を伴わないような標準的な取引や、会計情報と経済活動の対応関係が明確な取引に関しては、ブロックチェーンを使うことで監査上の判断を効率化できる余地はあります。

記事「AIで会計士の仕事(監査)はなくなるのか」に対するひとつの数理的整理でも述べたとおり、経済活動と会計ルールがプログラム可能であれば、コンピュータによって監査判断が行うことは可能です。

重要なのは「0か1か」の議論に陥ることなく、テクノロジーの性質を正しく理解したうえで、ビジネスへの適用可能性を模索していくことだと考えます。

参考文献

下記書籍はブロックチェーン技術の基礎とその応用を、実例とともに紹介する優れたテキストです。
 
本記事で登場したブロックチェーン三式簿記の考え方にも触れており、ブロックチェーンの可能性を知る上で良い教材になります。

 

「AIで会計士の仕事(監査)はなくなるのか」に対するひとつの数理的整理

こんにちは、毛糸です。

AI(人工知能)という言葉が広く知られるようになり、Deep learningのようなブレイクスルーがビジネスにも応用されつつあります。

AIは時折「人間の仕事を奪う」という文脈で脅威的な存在として語られることもあり、2013年のカール・ベネディクト・フレイとマイケル A. オズボーンの論文
「THE FUTURE OF EMPLOYMENT: HOW SUSCEPTIBLE ARE JOBS TO COMPUTERISATION?」(pdfリンク)

では多くの職業がコンピュータに取って代わられる可能性があることが示されています。

論文内に示される代替確率ランキングでは、Bookkeeping, Accounting, and Auditing Clerks(簿記、会計および監査職員)は702の職業のうち、代替確率が低い順に671位、代替されやすさでいえば31位に上がっています。

こうした状況の中で「AIで会計士の仕事(監査)はなくなるのか」という話題がしばしば取り上げられます。

本記事ではこの問いに対して、会計の数理モデルに基づく整理を述べ、AIによる監査の代替について考察します。

プログラム可能な監査領域は容易に代替可能

現在のAIの実態は、コンピュータ言語によるプログラムないしアルゴリズム(計算手順)です。

AIによって代替できる仕事は、それがプログラム可能であることが必要条件です。

したがって、監査のうち、プログラム可能な手続きならば代替可能、そうでない部分は不能ないし困難です。

また、代替可能=代替実行ではないことにも注意が必要です。

代替可能であっても、コストベネフィットの観点から、代替しないことはありえ、そこには必ず経済性が求められます。

以下では会計と監査を数理モデルとして単純化し、その構成要素がプログラム可能であるかどうかを考えることで、監査がAIによって代替可能なのかどうかを判断します。

写像としての会計

会計\( A\)を「経済活動\( \Omega\)から会計情報\( B\)への写像」と考えましょう。

「会計は写像である」というのは会計学の常套句で、会計学の有名なテキスト『財務会計講義』にも以下のような記載があります。

会計はこのような経済活動を所定のルールに従って測定し、その結果を報告書にとりまとめる。したがってその報告書は、経済活動という実像を計数的に描写した写像である。

会計は、経済活動を報告書に対応付ける写像(関数)のようなものである、ということです。

会計学を写像と定義した場合、会計は確率論のアナロジーとして捉えることができます。

【参考記事】
確率論のアナロジーとしての会計学と、それらの重要な差異

会計規則を写像\( A:\Omega\to B\)と考えたとき、ある経済活動\( \omega\in\Omega\)に対して、会計情報\(b\in B \)を対応させる経営者の主張に対して、

\( b=A(\omega)\)であることを立証するのが監査である、と捉えることができます。

経営活動、会計写像、会計情報のプログラム可能性

会計情報\( b\)は、試算表や有価証券報告書という形式を通じてデータとして扱うことができ、プログラム可能です。

したがって、経済活動\( \omega\in\Omega\)と会計規則\( A\)がプログラム可能ならば、監査はプログラム可能であると言えます。

企業の経済活動\( \omega\in\Omega\)がプログラム可能か?というのはたとえば

「商品を売った」という経済活動(収益認識を伴う営業活動)と

「商品を売った(実はあとで返品する約束をしていた)」(商品担保借入としての財務活動)という経済活動を、

全く別の経済活動としてプログラム言語として記述可能か、というような話です。

会計規則\( A\)がプログラム可能か、というのは、たとえば

「仮想通貨という全く新しい資産(と呼べるかすらわからない対象)を貸借対照表にいくらで載せるべきか」

というような、今までにない経済活動を会計情報として表現するルールがプログラム言語として記述可能か、というような話です。

プログラム可能と思われる経済活動と会計規則の例をあげましょう。

債権債務関係を示す契約書が電子化されており(経済活動\( \omega\)がプログラム可能であり)、

債権債務はその金額を資産負債の額とするというルール(会計規則\( A\)がプログラム可能である)ならば、

財務諸表における債権金額\( b\)が会計基準の要請\( A(\omega)\)に一致しているか否かをコンピュータが判断することができるため、コンピュータによって監査を行うことは可能です。

実際、確認状プラットフォームなどの環境が整えば、これに近いことが行われると考えられます

会計のプログラム不可能性

しかし、複雑化する企業の経済活動\( \omega\in\Omega\)がすべてプログラム可能とは到底思えないうえに、

あらゆる経済活動に細則的な会計規則\( A\)を設定することは現実的でないので、

これらをすべてプログラムするのは不可能(むしろこれら大部分はプログラム不能)と言って良いでしょう。

したがって、監査が完全にAIに代替されることはないと結論付けられます。

追記

経済活動\( \Omega\)と会計写像\( A:\Omega\to B \)がプログラム可能であれば機械に代替可能、といいましたが、\( A\)はプログラム可能である必要はないかもしれません。

経済活動\( \Omega\)と会計情報\( B\)がプログラム可能なデータであれば、写像\( A\)はDeep Learningなどの関数近似器を使って学習させられる可能性があります。

ただ、この写像がその時点での「あるべき」会計であるかはわかりません。

例えば、100円で商品を掛売りしたとき

(売掛金,売上)=(100,-100)

という仕訳を切るのが現在の会計慣行ですが、

経済全体が困窮してきて

「売上にかかる信用コスト分は収益認識しない」

というような会計基準が適用された場合に、従来の会計処理から学習した「近似会計写像」による会計情報は、もはやあるべき会計情報ではなくなります。

実際、金融商品会計では、従来明示的に扱われてこなかった取引相手の信用リスクを、金融商品の時価に織り込む(CVAと呼ばれます)流れになっており、会計基準はその時々の実務的要請に従います。

機械に代替されるであろう会計士の仕事

経済活動と会計ルールがプログラム可能で、かつ機械に代替させることで監査人の利潤が高まるなら、その部分は代替が進むと考えられます。

仕訳テストなどはその好例です。

従来人間がデータベース管理ソフトを用いてあれこれ行ってきた仕訳分析が、AI(とまで言わずとも簡単なプログラム)で代替される動きはかなり進んでいます。

プログラム可能でコストベネフィットの高い領域は、合理的な組織であれば躊躇なくコンピュータに代替されるものと思われます。

来るべきAI社会に向けて、新しい技術を正しく理解し、脅威ではなくビジネスツールとして役立たせることができれば、移り変わる社会の荒波にも飲まれることなく進めることでしょう。