管理会計のテキストを読んでみると、その内容が主に製造業をターゲットにしていることに気づきます。製造業の意思決定を支援する手法として体系化された管理会計は、ホワイトカラーの管理にも役立てられるのでしょうか。
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会計は何に喩えられるのか アナロジーをまとめてみる
会計は様々なものに喩えられます。
「会計は写像である」というフレーズは有名です。
【参考記事】「会計は写像」というフレーズの意味と出典テキスト
写像という言葉を数学用語としてしっかり定義し、会計という写像を数学的に考察した文献な多くありません。個人的には興味ある考え方であり、以下の記事では圏論との関係を考察しています。
【参考記事】【君の知らない複式簿記8】会計は写像であり、関手である。
会計はビジネスの言語であるとも言われます。会社の事業の状態は、会計という共通言語によって、投資家などに伝達されるという考え方です。
【参考記事】会計は「事業の言語」
会計は企業の実態を表す地図であるという考え方もあります。以下の記事では、会計基準を設定することは、地図を作ることと本質的に同じである、という主張について解説しています。
【参考記事】企業活動の「地図」としての会計
企業活動の「地図」としての会計
「会計の本質は地図作成の本質と同じである」
会計学者デービッド・ソロモンズはそのような言葉を残したと『新・現代会計入門』に書いてあります。
地図の善し悪しは、それがどれだけ正確に事実を描写しているかによって評価されます。地図が正確に描かれていてはじめて、私たちはその地図を使って行動することができます。
会計の本質もこれと同じです。
会計に求められるのはビジネスの実態を忠実に描写していることであり、忠実に描写してはじめて、私たちは会計情報を役立てることができます。
【参考記事】会計と圏論における「忠実」:概念フレームワークと関手の定義に触れながら
地図の作成と同じく、会計基準の作成においても正確性を追求すべきという考え方の背景には、会計基準の中立性という考え方があります。
会計基準の中立性とは、会計基準の存在によって特定の行動や結果を生じさせるようなバイアスが存在しないことをいいます。
偏ったり歪んだ地図は使いづらいものです。なるべく正確に(バイアスなく)地図が作成されていることが望ましいのと同様に、会計にも偏りがないルールが求められます。
中立的に作られた会計ルールがあってはじめて、私たちは会計という地図を頼りに、企業活動の実体を正確に理解することができるのです。
仕訳をきる?する?行う?
勘定科目と金額を左右に並べることで会計処理を表す形式を、仕訳といいます。仕訳は複式簿記の重要な要素のひとつです。
この仕訳という言葉を動詞的に使うとき、みなさんはどんな表現を使いますか?
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教科書の再読と知識のデフラグ
きちんと学んだことのある分野の教科書をもう一度読んでみると、いろいろなメリットがあります。
その一つが、知識のデフラグです。
デフラグ(デフラグメンテーション)とはIT用語で、断片化した情報を整理することをいいます。デフラグを行うと情報処理が早くなるなどのメリットがあります。
既習分野の教科書を再読することは、知識をデフラグする効果があります。
知識は一度インプットしても、それを活用する機会がないと忘れてしまうものです。
そこで知識のデフラグが効果を発揮します。
学んだことを全部忘れてしまうことはあまりないかもしれませんが、ある部分は忘れ、ある部分は覚えているといったふうに、記憶が断片化します。
教科書を読むと、断片化した記憶を再度体系的に整理することができます。これによって知識の定着度は増し、利用しやすくなるのです。
勉強したことのある分野のテキストをもう一度読むのは、新しいことを学ぶという意味での楽しさは少ないかもしれません。
しかし、知識のデフラグが行えるため、「生きた知識」を身に付けるのに役立ちます。
初心にかえったつもりで、昔読んだ本をもう一度手に取ったり、既習分野の新刊を読んでみたりしてみてはいかがでしょうか。
会計以外 会計じゃないの 当たり前だけどね
「会計とはなんなのだろう」ということを、最近よく考えます。
教科書的な答えとしては、企業の経済活動や状態を貨幣額などを用いて測定し報告するシステム、ということになるでしょう。会計は経済活動の写像である、というフレーズで語られることもあります。
資本剰余金があって、資本金がある。利益剰余金があって、利益金がないのはなぜ?
貸借対照表の純資産の部に置かれる勘定科目にはいくつもあります。資本金、資本剰余金、利益剰余金は特に有名です。
資本金と資本剰余金は名前がよく似ています、「剰余」が入っているかどうかですからね。
資本金と資本剰余金という似た勘定科目があることを踏まえると、利益剰余金と似た「利益金」なる勘定科目があっても良さそうです。
しかし、そんな科目は存在しません。
これはなぜなのでしょうか。
調子のってる自分にブレーキをかけてくれる存在を大切にしたい
調子のってるときに「お前調子のってんぞ」と諭してくれる人や、気付かせてくれる仕組みを確保しておくのは大切です。ここでいう「調子のってる」という言葉のニュアンスは、「誠実さを欠く」「感謝を忘れる」「独りよがりな行動をする」といったネガティブな意味です。
調子のってるとき、人は自分が調子のってるなと自覚しづらいものです。調子のってる自分は「いい調子の波に乗ってる」と思っているため、不誠実な振る舞いをしていても気づきづらいのです。
そんなときに「お前調子のってんぞ」と諭してくれる人が近くにいると、独りよがりな行動にブレーキを掛けられます。言葉や態度で正してくれる人がいなくとも、自分の振る舞いを客観視するための指標などを見つけられると、上手にブレーキを掛けられます。
例えば、以下のような点に注目すると、調子のってる自分に気付けるかもしれません。
- SNSやチャットで、主語が自分の文が増えている
- それに対して他者から歓迎の言葉がない、レスが少ない
- 他人に対して〇〇すべきと考えることが多い
もちろん、調子のってる自分が悪だと言うつもりはありません。いい意味で「調子にのる」のは良いことで、自己肯定感を高め自信に繋がります。しかし、他人に不誠実な態度をとるのは避けたほうが良いでしょう。
調子のってる自分を正してくれる友人や仕組みを大切にしたいものです。
「苦労は勝手でもせよ」vs.「同じ苦労を味わわせたくない」
「苦労は買ってでもせよ」という言葉があります。苦労は人間を成長させる機会であるため、苦労はしたほうが良いという教えです。
一方、「同じ苦労を味わわせたくない」と後進を案じる気持ちの大切さもよく知られてます。自分たちは不便な思いをしたけれど、それを乗り越えることができたので、後進には同じ苦痛を味わってほしくないという想いの現れです。
「苦労は買ってでもせよ」という教えと、「同じ苦労を味わわせたくない」という想い。相反する二つの考え方を、どう整理したら良いのでしょうか。
デジタル尺度としての損失:損失計上は額ではなく損失状態に陥ったことに意味がある?
損失という会計数値は、その金額よりも「損失状態であること」が重要な意味を持っています。
本記事では企業の損失に関する行動を例にして、損失状態であるか否かというデジタルな尺度に意味があるという考え方について述べます。
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