複式簿記は会計の必須要件か

複式簿記は財務諸表を作成するための基本原理であり、会計とは切っても切れない関係にあります。

しかし、会計は財務諸表による企業ディスクロージャーのみではありません。財務会計とともに会計学の中核をなす管理会計においては、必ずしも複式簿記による会計情報は用いられず、それどころか貨幣単位での測定や記録すら行われない場合があります。

【参考記事】財務会計と管理会計の相違点・共通点

このように、会計という大きなくくりで考えたときには、複式簿記を伴わない会計もメジャーな存在です。

『新版 現代会計学』では、会計を以下のように定義しています。

会計は,これらの経済主体が営む経済活動(資金の調達建物の購入など)およびこれに関連して発生する経済事象(建物の焼失,機械の損耗,商品の破損・値下りなど)について,主として貨幣額で測定・記録・報告する行為である

この定義にも「複式簿記」という言葉は出てきていません。

財務会計制度において作成が求められる財務諸表は複式簿記に則る必要がありますが、より一般の会計を考えたときには、複式簿記は必須要件ではないと言っていいでしょう。

監査の抽象化としての保証業務

監査と(公認会計士による財務諸表監査)は、企業がみずから作成した財務諸表が、一般に構成妥当と認められた企業会計の基準に準拠していることを確かめる手続きであり、「保証業務」のひとつです。

具体と抽象、という言葉を使うなら、監査というのは保証業務の具体のひとつであり、保証業務は監査の抽象化です。

監査・保証実務委員会研究報告第31号では、保証業務を次のように定義しています。

「保証業務」とは、適合する規準によって主題を測定又は評価した結果である主題情報に信頼性を付与することを目的として、業務実施者が、十分かつ適切な証拠を入手し、想定利用者(主題に責任を負う者を除く。)に対して、主題情報に関する結論を報告する業務をいう。

保証業務の対象となる主題、つまり「なにを保証するか」については、財務諸表以外のものもあります。

上記研究報告においては財務諸表のほかに、内部統制の有効性、サステナビリティに関する状況、温室効果ガスの排出に関する状況などが挙げられています。

このように、監査を抽象化した保証業務という概念を見出すことで、監査「のような」業務を考案したり、適当な仕組みを作るのに役立てたりできます。

複式簿記に関する素朴な疑問

この記事では、複式簿記に関する素朴な疑問を投げかけます。

複式簿記の利用は、現代の企業開示制度においては前提となっており、複式簿記そのもの、もしくは複式簿記に関する社会のあり方に関する疑問は、正面から答えられていない気がします。

しかし、こうした素朴な疑問に答えることは、複式簿記の構造をより深く理解する助けになると考えています。

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【君の知らない複式簿記0】まだ見たことのない複式簿記の姿を追い求めて

複式簿記、人類の偉大なる発明の一つであり、600年に渡って使われ続けるビジネスの基本言語です。

【君の知らない複式簿記】シリーズは、そんな複式簿記の普段とは違う側面を探求するコンテンツです。

本記事では、私がなぜ複式簿記の別の表情に気づいたのか、複式簿記の知らない一面を追うとはどういうことなのか、説明します。

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関手(functor) 【簿記数学の基礎知識】

圏論の重要概念である「関手」は、圏と圏の構造を保つような対応関係です。

本記事では関手の定義とそのイメージについて述べます。

また、会計において関手がどこに現れるのかについても触れます。

関手の定義

\( \mathscr{ A }, \mathscr{ B }\)を圏とします。

【参考記事】圏(けん、category)【簿記数学の基礎知識】

\( F:\mathscr{ A }\to \mathscr{ B }\)が関手であるとは、

  • 対象の間に\( \mathrm{ ob}\left( \mathscr{ A }\right)\to\mathrm{ ob}\left( \mathscr{ B }\right)\)という対応関係が存在(\( A\mapsto F(A)\)という対応)
  • 射の間に\( \mathscr{ A }(A,A’)\to \mathscr{ B }\left(F(A),F(A’) \right)\)という対応関係が存在(\( f\mapsto F(f)\)という対応)
  • \( \mathscr{ A }\)の射\( f,f’\)に対して\( F(f\circ f’)=F(f)\circ F(f’)\)が成立
  • \( F(1_A)=1_{F(A)}\)

を満たすことをいいます。

関手のイメージ

圏というのは対象と射がなすシステムです。関手は圏の間の構造を保つような対応関係のようなものです。

『圏論の道案内』では関手のイメージとして、以下のような説明をしています。

日常生活で他人にものごとを説明する際、我々はよく言い換えや喩えといったことを行うが、これを数学的に捉えたものが関手なんだ。

もう少し具体的に述べてみましょう。

圏\( \mathscr{ A }\)に対象\( X\)から\( Y\)への射\( X\overset{f}{\rightarrow} Y\)があるとします。これを「\( X\)と\( Y\)の関係」と解釈してみましょう。

\( F:\mathscr{ A }\to \mathscr{ B }\)が関手であるとき、圏\( \mathscr{ B }\)において\(F( X)\overset{F(f)}{\rightarrow} (Y)\)という関係が成り立ちます。これは圏\( \mathscr{ A }\)における関係を圏\( \mathscr{ B }\)の置き換えていると解釈できます。いわば、圏\( \mathscr{ A }\)における関係を圏\( \mathscr{ B }\)で言い換えている、もしくは喩えているようなものです。

複式簿記への応用

会計は企業のビジネスの実態を会計情報に「写す」プロセスです。つまり、会計は写像です。

実は、企業の経営と会計情報をそれぞれ圏と捉えると、会計は関手になります。詳細は以下をご覧ください。

【参考記事】【君の知らない複式簿記8】会計は写像であり、関手である。

参考文献

圏論の基本的な内容や関手のイメージについては、こちらの書籍がおすすめです。対談形式で楽しく読めて、圏論の「こころ」が理解できます。

関手を含む圏論の基礎的な内容について、以下のテキストが参考になります。

このブログで不定期連載中の【君の知らない複式簿記】では、簿記の代数構造に関する研究結果を紹介しています。

【君の知らない複式簿記】シリーズはこちらからどうぞ

 

【君の知らない複式簿記8】会計は写像であり、関手である。

会計は写像である、というのは有名なフレーズです。しかし会計という写像の定義域と値域、その写像自体の性質を数学的に定式化する研究はあまり知られていません。

以下の記事では、会計を経済の状態の集合から複式簿記に基づく会計情報の集合への写像であると定義しました。

【参考記事】複式簿記会計の公理:ひとつの提案として

本記事ではそのように定義された会計写像を基礎として、経済の状態の圏と会計情報の圏を定義することで、会計が関手になることを示します。

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モノイドの定義と圏論的考え方【簿記数学の基礎知識】

この記事では基本的な代数構造の1つであるモノイドの定義を述べます。

また、圏論において「一つの対象からなる圏は本質的にモノイドと同じである」という主張について解説します。

モノイドは複式簿記会計の対象となる経済的状態のモデルとして使えます。

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会計と圏論における「忠実」:概念フレームワークと関手の定義に触れながら

会計とは、企業等の経済主体が行う経済活動を一定のルールに基づき情報として伝達するプロセスをいいます。

圏論とは、一定の関係性を持つ対象たちの集まりを考察する数学の一分野です。

会計にも圏論にも「忠実」という言葉が登場します。

この記事では会計と圏論がどういった意味で「忠実」という言葉を使っているのか、そこに関連性はあるのかについて考えます。

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財務会計と管理会計の相違点・共通点

財務会計と管理会計は会計の「二大巨頭」とも言える分野です。

どちらも会計の基本的な性質は共有していますが、一方でその意義・目的に起因する差異も存在します。

本記事では財務会計と管理会計の共通点と相違点についてまとめます。

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数理モデルとは抽象化である

『具体と抽象』という本は、さまざまな視点から抽象思考のメリットを紹介し、ものごとを抽象的に考える方法論を解説しています。

この記事ではそんな抽象思考の一例として、数理モデルによる分析を取り上げます。


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